ヘミングウェイ全短編3『蝶々と戦車/何を見ても何かを思い出す』に収録されている全22作品をひとことで斬っていこうと思う。
この3には私にとって重要な短編が何篇か含まれている。逆にどう考えても最低な短編も多い。ある意味で話題豊富な短編集だと思う。
『ある渡航』☆☆
男くさい犯罪小説。ストーリーはなかなかスリリングだが、ろくな人間が出てこない。若者ウケは良いかも。
『密輸業者の帰還』☆☆
社会性の色濃い短編。引き込むような魅力はないが、研究資料としては価値がありそう。
『橋のたもとの老人』☆☆☆☆
ただのくたびれた老人との会話のスケッチではない。ナイーブな作家目線で戦争の虚しさを描き出している。
『密告』☆☆☆☆
スペイン内戦下の酒場チコーテが舞台。この喧騒と緊張がたまらない。スペイン内戦ものにハズレなし。
『蝶々と戦車』☆☆☆☆☆
個人的にはヘミングウェイの最高傑作。何故これほど魅力があるのか明文化できないが理屈抜きにベスト1。
『戦いの前夜』☆☆☆☆☆
これもスペイン内戦下のマドリッドを舞台にした瑞々しい傑作。苦悩や恐怖を内面的に暗く描くのではなく、夜の街を写実的に描いている。
『分水嶺の下で』☆☆☆
理不尽な現実を客観的に描いたヘミングウェイらしい短編。
『だれも死にはしない』☆☆☆☆☆
大義のために命を賭ける理想主義の若者を描いたロマンチックな作品で、「感傷的過ぎる」とか「らしくない」といった声もあるが、これはこれで魅力的だと思う。
『善良なライオン』☆☆☆
子ども向けの短編と誤解されている節があるが、寓話のスタイルを採った辛辣な批判小説。
『一途な雄牛』☆☆
18歳の女の子のために書いた短編。「今を生きる」という著者らしい話だが、ちょっと浅い気も。
『盲導犬としてではなく』☆☆☆
献身的な妻に甘えるシニカルな男の話。晩年の作品なので落ち着きがあり、柔和で思慮深い。
『世慣れた男』☆☆☆
喧嘩で目玉をくり抜かれた男がスロットマシーンのある酒場へ通う。しぶとい感じがハードで良い。
『サマー・ピープル』☆
優越感が鼻につく不快な小説。
『最後の良き故郷』☆☆
兄と妹が恋人のように描かれていてちょっと苦手。物語云々より、生理的に受けつけない。
『アフリカ物語』☆☆☆
なかなか臨場感があってダイナミックだが、グッとくるものがない。
『汽車の旅』☆☆☆☆
ヘミングウェイが得意としたイニシエーションの物語で、未発表なのに傑作という珍しいパターン。
『ポーター』☆☆☆☆
見たことを簡潔に書いたヘミングウェイらしい最良の一篇。これまた未発表作でありながら傑作という珍しいパターン。
『十字路の憂鬱』☆☆
タイトル通りの陰鬱な短編。あまりに生気に欠けるためか生前未発表。
『死の遠景』☆☆
文学的なタイトルが与えられているが、一言でいえば他人の悪口。執筆の動機が不純かな。
『何を見ても何かを思い出す』☆
これは堂々のワースト1。星ゼロでいいと思ったが、生前未発表であることが唯一の救いだ。
『本土からの吉報』☆
心病む我が子をモデルにした気が重くなる短編。生前未発表ということは、この作品のダメさを自覚していたのだろう。
『異郷』☆☆
吐き気をもよおす大人の甘いラブスーリー。お好きな方はどうぞご一読を。