「最後の良き故郷」 アーネスト・ヘミングウェイ

この作品は「ヘミングウェイ全短編3」に収録されているが、文庫で百ページほどあり短編とは言えない。しかも長編の草稿として書かれたものらしく、物語の途中までしか読むことができない。盛り上げってきて続きが気になるところで不意に終わってしまう。

とは言っても、未完であるという予備知識なしで読んでいたとしたら、これはこれで完成された中編と思っていたかもしれない。著者の他の短編にしたって、わかりやすいクライマックスがあるわけではないので、いつも通りのヘミングウェイらしい締め方とも言えなくない。

これは本当に長編の草稿なのだろうか?

参考資料がネット上にもほとんどないので、そのあたりの真偽はよくわからない。

「最後の良き故郷」(原題:The Last Good Country)は、いわゆるニック・アダムズもので著者の自伝的物語と言える。アーネストがまだ10代の頃、猟を禁じられていたオオアオサギを撃ってしまい、監視官に追われるという体験をしたようで、その時の逃亡劇を下地にしたのが本作である。

ちなみにオオアオサギというのはこういう鳥。

どうしても一緒に行くと言い張る妹のリトレスを引き連れ、荒れた原野をひたすら逃げるニック。森の中に身を隠す。鱒を釣る。雷鳥を撃つ。そうやって追っ手が諦めるのを待っている。それだけの話なのだが、とにかく自然の描写が瑞々しく、美しい映像を読み手に喚起させる。ニックに日頃つきまとってきた監視員の息子の存在が不気味で、逃亡劇をスリリングなものにしている。

正直な感想を言うと、この短編はかなり苦手かもしれない。理由はひとつ、近親相姦の匂いがプンプンするのだ。兄と妹が恋人のように労り合い、語り合い、寄り添う。読書中に何度も違和感を覚えた。これは明らかに著者が狙ってそのように書いているのだが、読んでいて気持ちの良いものではない。ヘミングウェイ研究には大いに役立つとは思うが、私は研究者でも評論家でもないので、もっとワクワクできる読書を求めてしまう。

物語のラスト、ニックが「嵐が丘」を妹に読み聞かせようとするところで話は終わる。「嵐が丘」という小説は狂気に充ち満ちた復讐恋愛物語であり、これもメタファーとして用いられているのだと思う。未読なので、どのような比喩かは今ひとつわからないが。

やはり、生前未発表の作品にはそれなりに理由があるのだと改めて感じた。封印したつもりの作品が世界中で読まれている。もし著者がそれを知ったら、猟銃で編集者を撃つのではないだろうか。

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