「だれも死にはしない」 アーネスト・ヘミングウェイ

ヘミングウェイの短編でベスト5に入る素晴らしい一篇だと思う。

訳者の高見浩氏は「理想主義に殉じる二人の若い男女の姿があまりにストレートに描かれていて、いささか感傷的すぎるように思われる」とあとがきに書いている。その通りと思うのだが、それでもこの短編はとても魅力的だ。ヘミングウェイがこのようにスリリングでロマンチックな短編を遺してくれたことが嬉しくて仕方ない。ヘミングウェイへの思い入れが強すぎることもあり、私はこのブログで批判的な意見を書くことも多いが(特に妻子への冷淡さに対して)、「だれも死にはしない」のような名編を読むと、やはりこの作家から離れることはできないと感じる。

「だれも死にはしない」は、フィンカ・ビヒア時代(キューバ)に延べ8ヶ月取材したスペイン内戦にインスピレーションを受けて書かれた短編である。スペイン内戦は1936年から39年。この短編は39年にコスモポリタン誌で発表されている。

命を賭して闘う若い男女がハードボイルドな文体で描かれている。ハバナの廃屋に身を隠す若きエンリケ。人目を忍んでそこに食料を持って来るマリア。殺されてしまった同志たちについて二人が議論しているところに警察のサイレンが聞こえてくる。すぐに二人は廃屋からの脱出を図るが…、という張り詰めたストーリーだ。

この物語のラストで著者は、このマリアという女性の心の変化を、農民の娘でありながらフランスを救い処刑されたジャンヌ・ダルクと重ねている。(合ってますよね?この短編、まったくと言っていいくらい情報もレビューもないので、間違っていたらゴメンなさいね)

大義のために個人の命を捧げること、おそらくそれがこの短編のテーマだろう。「だれも死にはしない」(原題:Nobady Ever Dies)というタイトルからは、勇敢に戦った殉教者たちの魂は生き続けるという思いが伝わってくる。ヘミングウェイらしくないロマンチシズムと見る向きもあるかもしれない。スペイン取材の興奮冷めやらぬ中で書いていることもテンション的に影響しているだろうし、こうした多面性、複雑性はある意味で著者らしいと私は思う。

実はこの作品について再読するまでは印象が薄く、あまり気に留めていなかった。でも読み直して本当に良かった。少なくとも今年読んだ短編の中ではトップ。気持ちが高ぶっているので、少し間を置かないと次の読書はできそうもない。

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)

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