「ポーター」 アーネスト・ヘミングウェイ

「ポーター」 アーネスト・ヘミングウェイ

訳者が後書きで、「最良のヘミングウェイの一端がここには息づいている」と書いているが、生前未発表ながら実に瑞々しい短編だと思う。
二十代後半に「新たに殺された騎士(A New Slain Knight)」という長編に着手したものの途中で挫折し、その一部が「ポーター」になったそうだ。とは言え、生前に発表していないということは、「新たに殺された騎士」をいつか仕上げて世に出そうとどこかで考えていたのかもしれない。

父と息子が汽車で旅をしている。旅の目的も行き先も書かれていないが、事情があって二人は愛着ある土地を離れることになった。(のだと思う、多分) 走る汽車の中での、少年と酒浸りのポーターとのやりとりを描いただけの短編である。
無垢な少年が垣間見る、中年男たちの悲哀。生きることとは何かを知るための通過儀礼が、少年の一人称で描かれている。
ストーリーと呼べるような展開はない。そこには謎めいた設定もなく、ハラハラするサスペンスもない。ショッキングな事件も起きなければ、過激な性描写もない。感動のクライマックスもない。言ってみれば、どうということのない光景のスケッチである。

でも、それがいい。なんとも瑞々しい。もう作り話なんて要らない!

ヘミングウェイは、物語に頼らなかった作家だ。読者が退屈しようとお構いなし。エンタメとは無縁の作品を堂々と書いた。

心に残る光景や印象的な場面を、そのまま小説に置き換える作業。絵画が説明的でないように、ヘミングウェイは説明しない。できるだけ忠実に再現しようと工夫するだけだ。

My aim is to put down on paper what I see and what I feel in the best and simplest way.

見たことや感じたことをただ簡潔に紙に書き記すことが目標、とヘミングウェイは語っている。「良い物語を美しく感動的に書くこと」ではなく「見たことをそのまま簡潔に書くこと」を目指していたのだ。

物語は著者が創るのでなく、読者の中に喚起されるもの。ヘミングウェイ作品の感想に「何が面白いのかさっぱりわからない」「最後まで盛りあがらなかった」など退屈さを批判する声が多い理由もそこにある。

ヘミングウェイ作品は、Less is more. の証明なのだ。

コーヒー好きは、砂糖とミルクをたっぷり入れたりしないでしょ。食通は、料理にソースをドバッーとかけたりしないでしょ。カラフルな服ってバカっぽいでしょ。すごいおしゃべりって、うざいでしょ。

うん?なんだか話が逸れはじめている。

結論としては、未発表だが「ポーター」は、最良のヘミングウェイを堪能できる魅力的な短編。同時期に書かれた共通点の多い「汽車の旅」もセットで読むことをお勧めする。

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)

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