『異郷』 アーネスト・ヘミングウェイ

『異郷』 (原題:The Strange Country)は長編『海流の中の島々』の一部として書かれ、著者の死後に世に出た中編だ。おそらく3番目の妻であるマーサ・ゲルボーンとの逸話をベースにした自伝的作品と思われる。(資料がほとんど見つからないので確証はないが)

ざっくり説明すると、東海岸から西海岸までクルマで移動するロードノヴェルであり、スペインの戦場に行くべきと考えている中年作家と若い女性の会話を中心に構成されている。

訳者の高見浩氏は「男女の心理の揺れを映したデリケートな会話といい、いまなお新鮮さを失わない大人のラヴ・ストーリーの趣がある」と評している。
まあそうかもしれないが、大人のラヴ・ストーリーに関心のない人間(私)にとっては我慢の読書を強いられる。
かの有名なスーツケース盗難事件に言及している貴重な作品といった声もよく聞くが、その事件自体に興味がないので、最後までテンションは上がらなかった。

と言ってもこれはあくまで好みの問題で、作品のクオリティの話をしているわけではない。年の離れた男女の微妙な心理が繊細に描かれていて技術的には巧いのだと思う。ただ、困ったことにやたらと甘過ぎるのだ。

「どうして起こしてくれなかったの?」

「きみの寝姿がとっても可愛いかったからさ」

みたいなやりとりがてんこ盛りで、何度も嘔吐しそうになった。口直しに、スティーヴン・キングの短編を慌てて手に取ったほどだ。

『異郷』 はやや長いこともあり読み終えるのに苦戦したが、ヘミングウェイ研究の資料としてはそれなりに価値があるのだろう。

ちなみに、ヘミングウェイは生涯に4度結婚しているが、結局どの関係も長続きしなかった。決め付けはいけないが、女性との相性云々ではなく、ヘミングウェイ自身に何らか破局の原因があったのだと思う。

『ヘミングウェイの女たち』という本の中に次のようなくだりがある。

「ヘミングウェイは、4人の妻の誰とも長く、完全に満足のいく関係を維持することができなかった。結婚して家庭を持つことは、彼にとってロマンティックな愛の理想的な集大成のように思えたかもしれないが、遅かれ早かれ、彼は退屈で落ち着きがなく、批判的でいじめのようになった」

エゴイストとか女好きとかそういう次元でなく、生まれ育った環境の犠牲者(特に母親の)、あるいは遺伝性の精神疾患の影響にも思え、なんともせつない気持ちにさせられる。

話は変わるが、『異郷』の記事をアップしたことで、ヘミングウェイ全短編1〜3の全作品をコンプリートしたことになる。何年も掛かってしまったが、ようやく一区切りという感じだ。ヘミングウェイの大ファンと映っているだろうが、そうではない。腕の良い作家として尊敬はしているものの、私はヘミングウェイに憧れたことがない。逆に読むたびに複雑な気持ちにさせられる。どうして大事なことに気づけなかったのだろう?どうしてもっと信奉できる作品を遺してくれなかったのだろう?と。

だから何?と言われそうだが、結論はない。このブログは結論と相性が悪いのだ。(なにそれ)

ヘミングウェイをきっかけにいろいろ考える、それ自体が自分にとっては意味のある行為なのだと思う。

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