『あなた、お医者さま?』 レイモンド・カーヴァー

巧みなストーリーテリング、一行たりとも読者を退屈させない娯楽性、センス抜群のタイトル(原題・Are You A Doctor?)、簡素化に徹した文体、絶妙なエンディングの台詞、カーヴァー作品の中でもトップレベルに魅力的な短編ではないだろうか。読書中、全文模写しようという欲求に駆られたほどだ。

話は、妻の留守中にかかってきた見知らぬ女性からの電話ではじまる。のっけから探偵小説風で心が踊る。遅い時間に鳴り響く電話の着信ベル。主人公の男性は、出張先の妻からと思って受話器を取る。

「やあ、私だ」と彼は言った。それから「もしもし」とあらためて言いなおした。

「どちら様ですか?」と女が尋ねた。

「さあ、そちらこそどちら様でしょうか」と彼は言った。「いったい何番におかけなんです?」

「ちょっと待って」と女が言った。「ええと、273の8063」

「うちの番号だな」と彼は言った。「どうしてその番号を知っているんです?」

「わからないの。仕事から帰ってきたら、メモにこの番号が書きつけてあったの」

「誰が書いたんです?」

「さあ」と女は言った。「ベビーシッターかな。きっとそうね」

といった会話が続いていく。この女性の言葉には何かを覆い隠しているような不可解さが漂う。しかし具体的にそれは説明されない。この女性の真意も、電話番号流出の謎も、解決されないまま話は終わる。もやもやは残るが、それで良いと思える。それが良いのだ。

二人は実際に女性のアパートで会うことになるのだが、短い滞在のあとの、帰り際のやりとりが印象的だ。

「お話しできて楽しかった」と彼女は言った。そして彼のスーツの襟もとについていた何か、髪、糸くず、をつまんだ。「来て下さってすごく嬉しかったわ。それにまたもう一度来ていただけるはずだって気がするの」彼は女の顔をさぐるようにのぞきこんだが、彼女の目はまるで何かを思い出そうとしているかのように、彼の体の向こう側をじっと見つめていた。「じゃあ ― おやすみなさい、アーノルド」と女は言うと、さっとドアを閉めた。もうすこしでオーバーコートの裾がはさまれてしまうところだった。

この不可解な感じが何とも言えない。

『あなた、お医者さま?』は1973年にフィクション誌に掲載されたのが初出。カーヴァーの初短編集である『頼むから静かにしてくれ』(1976年)に収録されている。それにしても半世紀前の短編とは思えないほど瑞々しい。私が言うのも烏滸がましいが翻訳も完璧。(漢字とひらがなの使い分けなど勉強になります) 小説家が担当する翻訳は全然クオリティが違うと改めて実感した。

この短編、丸ごと暗記してみようかな。とりあえずAmzonで原書を購入しようと思う。

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