『隣人』 レイモンド・カーヴァー

『隣人』(原題:Neighbor)は、どこか気味が悪い夫婦を描いた短編だ。簡単に説明すると、廊下を挟んだ向かいに住むストーン夫妻が10日ほど出張旅行で家を空けるため、ミラー夫妻が留守中の猫と植木の世話を頼まれるという話。どこか気味が悪いとはじめに書いたが、このミラー夫妻は隣人宅で長い時間を過ごす。家中を仔細にチャックしてまわり、ベッドルームへも入っていく。勝手に冷蔵庫を開け、キャビネットの酒を飲む。引き出しを物色し、下着まで身に着ける。そのあたりの描写はスリリングであり、不気味な気持ち悪さがある。

ミラー夫妻はストーン夫妻に対し、日頃から憧れを抱いている。自分たちと違い、よく外食し、よく旅行にも出掛ける輝かしい人たちとして上に見ている。そうした妬みの感情が、モラルに欠けた行為を引き起こす。ミラー夫妻はそれぞれストーン夫妻宅での秘め事に興奮し、どちらも制御不能に陥ってしまう。

廊下を挟んだ向かいの部屋。これは鏡であり、本来ならば踏み入ることのできない反対の世界である。そこへの鍵を合法的に手に入れてしまったことで露呈した歪んだ欲求。ネタバレになるが、鍵を置き忘れてロックされてしまい、もうストーン夫妻宅に入れなくなった二人が扉にもたれかかって物語は終わる。いろいろ短編を読んできたが、とても強く心に残る屈指のラストシーンだ。

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