『波打ち際の近くで』 クレア・キーガン

キーガンは1968年生まれ、アイルランド出身の女流作家。(高校卒業後に渡米)『波打ち際の近くで』はアメリカが舞台の短編だが、どこかアイルランドを感じさせる清澄さが漂う。とても繊細で、とても丁寧に紡がれていて、奥ゆかしいけれど芯は強い。静かな語り口の中に汚れを嫌う気高さがあり、アリステア・マクラウドに通じるピュアネスを感じた。

主人公はハーヴァード大の現役男子学生。成績優秀でハンサム。彼の19歳の誕生日を祝うため、湾を見下ろす洒落たシーフード・レストランに家族が集う。実の母親、そして母親の再婚相手。不躾なジョークや場違いな政治ネタを連発する資産家の義父を、母親はうんざりしながら咎める。祝いの場でさえ、二人の間には小さな諍いが絶えない。義父は彼のことを名前でなくハーヴァードと呼ぶ。母親は、息子の肩書きで満たされぬ心を満たそうとする。指にはまがいものの星のようなダイヤモンドが光っている。

彼は一人になり、俗な汚れを洗い流すために裸になり夜の暗い海を泳ぐ。そして、耐えながら生きた今は亡き祖母を思い出す。

あらすじだけでも、月光の下の波打ち際の情景が目に浮かぶのではないだろうか。大人になって人が失ってしまうもの、結婚の光と影、時代の中で虐げられてきた人たち。人生に疲れてしまう前の、純粋さゆえの踠きが描かれている。こまやかで、つつしみ深い、とても美しい短編だと思う。

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