『羽根』 レイモンド・カーヴァー

嫌になるくらいにリアルで、そしてとても重量のある名篇だと思う。ラストに近づきページを捲る手が少し震えたほどだ。

原題はFeathers。1982年の「アトランティック・マンスリー」が初出のよう。(「アトランティック・マンスリー」は「ハーパーズ・マガジン」と並んで、アメリカの文芸や政治経済などを扱う月刊の総合雑誌)

夕食に招待され、友人夫妻宅に向かうジャックとフラン。気乗りしないフランはどこか投げやりな態度を取る。田舎くさい土地。忌々しい孔雀の声。ぎくしゃくした会話。おぞましい石膏の歯型。今まで見たこともないような醜い赤ん坊。。。

この短編はカーヴァーらしく乗っけからネガティブな感情のオンパレードなのだが、過剰に色付けしているわけではなく、現実をただそのまま切り取って見せているだけとも言える。綺麗ごとばかり並び立てられるより、リアルであることはそれだけパワフルだ。

いかさない夫婦と不細工な赤ん坊と臭い鳥。お世辞にもたのしい団欒とは言えないが、その奇妙な一夜はフランにとってかけがえのないものとなり、その後の人生への大きな転機となる。

これ以上ストーリーについて書かないが、この二組の夫婦のコントラストがとても興味深い。一見冴えないけれど地に足を着け、目の前の現実を受け止め、手にしている幸せに感謝している夫婦。片や外見を気にし、シニカルで自己中心的な夫婦。背負う人たちと背負わない人たち。利他的な人たちと利己的な人たち。仲間と歩く人と孤立を好む人。あまり考察に自信はないが、そのようなコントラストを私は感じた。この短編はダメな側の一人称で描かれているため、読み進める中で「自分だってこの主人公と同じようにダメ」という自己批判が湧き上がってきた。

的外れかもしれないが、この短編には宗教的な匂いがする。構成と心理の流れが『大聖堂』と少し似ている気もする。(後味はだいぶ違うけど) 食べ物を与えてくれたことを神に感謝する場面があるのだが、ジャックにはその声が低くてよく聞こえない。この描写が重要な意味を持っている気がしてならない。カーヴァーは無神論者と何かで読んだ気がするが、教会で挙式しているし、宗教的な雰囲気の漂う短編も書いており、そのあたりは深く考察する必要がありそうだ。カーヴァーと神を主題にした論文がないか調べ、このブログでも取り上げようと思っている。

結論として、けっして明るい物語ではないがこの短編から私は生きる力をもらった。薄っぺらなポジティブシンキングより遥かに力強い。カーヴァー作品に絶望的な気持ちにさせられることは多い。『羽根』もハッピーエンドではないが、辛いことや大変なことを抱えて生きていこうと思わせてくれる温度がある。未読の方にはぜひ読んでほしい。

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