残念ながら、この短編にはハマることができなかった。
カーヴァー作品ではお馴染みの妻子に逃げられて孤独に暮らす中年男と両腕が義手の写真家(写真の押し売り?)のやりとりなのだが、設定自体に魅力を感じなかった。あまりにも地味すぎる。それに加えて、話が短いこともあって何を伝えたいのかわかりにくく、心情的に響いてくるものがなかった。
正しい解釈か自信はないが、家族を失った男が、両腕を失った男から前向きな生きる力をもらうという話かと思う。家の外観の写真を何枚も撮らせるのは、現実をメタ認知することで、鬱々した精神状態から解かれていくことのメタファーではないかと。まったく的外れな捉え方かもしれないが、私はポジティブに捉えた。
物語に込められた意味云々より、設定自体にあまりリアリティがなく、前述した通り喚起されるイメージに華がないためイマイチと思ってしまった。カーヴァーに華を求めることがナンセンスとも言えるが、それでも読み手を惹きつける魅力は必要だと思う。まあ、好みの問題もあるのでなんとも言えないが。
愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)