「嘘つき」 レイモンド・カーヴァー

手紙文の形式で構成されているいわゆる書簡体小説で、その手紙には息子がこれまでについてきた嘘がひたすら書き綴られている。

とにかくこの息子は本当のことを話さない。良心の呵責というものがまるでなく、嘘が平気なのだ。母ひとり子ひとりの母子家庭でありながら、嘘に心を痛めることがない。ここまでになると手の施しようがないレベルだ。しかし、家の中で素行が悪いわけではない。詐欺師にありがちだが、面と向かうと優しく気遣う態度で接してくる。職場でも人気があったりする。もちろん、そこに本心などあるわけがない。

この短編の原題はWhy,Honey?で、愛しい息子に対して「どうしてなの?」と嘘を咎めるようなタイトルが付けられている。といっても、この短編の主題は、子育ての難しさや母親の懊悩ではない。心のない残酷な息子をメタファーにして、うわべだけの政治家を皮肉っているのだ。庶民の生活を切り取ったような短編が多いカヴァーが書簡体で書くことも、政治家を批判することも珍しい。カーヴァー作品としてはかなりの変化球だ。政治家がどれほどに偽善的な生き物なのか、それを効果的に伝える方法を考えた結果、こういうイレギュラーな表現になったのだろう。

息子の嘘に関するエピソードがとにかくリアル。「こういう奴いるわ」と何度も唸った。

頼むから静かにしてくれ〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

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