「メヌード」 レイモンド・カーヴァー

原題はMenudeで「修繕」とか「修理」という意味。内臓を煮込むメキシコ料理の名称でもある。

カーヴァー作品ではお馴染みの夫婦の危機を描いた短編なのだが、かなりシリアスな状況であるにもかかわらず、そこまで重苦しいトーンではない。むしろ「しょうがねぇな」というどこか喜劇的な雰囲気が漂う。

夫は浮気がバレて追い詰められている。夫婦喧嘩の修羅場の後、妻のヴィッキーは睡眠薬で眠っている。自分も薬の力を借りて眠ろうとするが、緊張のせいで覚醒している。そわそわし、ただ家の中をうろつき回っている。浮気の相手は目の前の家に住む人妻アマンダ。妻には「君の知らない女だ」と嘘をついた。どうしてもアマンダのことが頭から離れない。厳格なアマンダの夫オリヴァーは、この浮気が原因で三日前に家を出ていった。一週間ほど家を空けるからその間に俺の家から、俺の人生から出て行けという最後通牒をアマンダに突きつけていた。

ふと最初の妻モリーのことを思い出す。子どもの頃からの付き合いで、手に手を取って共に生きようと決めた女性であったが、ヴィッキーと出会い、モリーは精神的に病み別人になってしまった。空中浮遊を試みるグループに入り、奇異な言動も目立つようなる。怖くなり、モリーを捨てた。その後、モリーは病院に放り込まれた。見舞いに行かなかったし、手紙さえ出さなかった。運命は完全に修正されてしまったのだ。そして今度はヴィッキーとの運命が終わろうとしている。

この「メヌード」は眠れぬひと夜の話である。エピソードの挿し込み方、展開のさせ方、ニュートラルで示唆に富む締め方に唸ってしまった。晩年の作品だけあって、濃度と円熟味があり、その完成度の高さには圧倒されて言葉が出ない。

途中、母親に対して冷たい態度をとった後、その母が急死してしまうというエピソードが挿入されているのだが、それも印象的で心に強く残った。

訳者の村上春樹氏も書いているが、スタイルとして完成されすぎなくらい完成されている。ここまでのクオリティに到達すると、次はどうする?という不安も湧いてくるものなのかもしれない。それくらい素晴らしく、全文模写したくなるほどパーフェクトな短編だ。

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