「静けさ」 レイモンド・カーヴァー

割と凝った短編だ。

舞台は理髪店。店主や客らのどうということのない会話で構成されているが、比喩が詰まっていて単なるスケッチでは片付けられない。設定としてはフラナリー・オコナーの「床屋」と似ているが、主題はまったく違う。対立の後、そこに残る者と去っていく者。内面描写を排し、短い作品の中に複数の別離を重ね合わせて書いている。

他のカーヴァー作品同様、華のないリアリティがあって妙に心に沁みる短編である。高尚さや複雑さや実験性もなく、大衆受けする俗な面白さがあり、読みやすい。ヒーローやヒロインは登場しない。普通の人が共有できる月並みの無力感や不穏さが描かれている。(褒めているので誤解のないように)

村上春樹氏は「静けさ」の後書きで「この人は若いころに相当じっくりとヘミングウェイを読み込んだのではないかという気もする」と書いているが、確かに影響を見て取れる。ただ、ヘミングウェイは閉塞感のある理髪店を小説の舞台に選ばないだろうし、エンディングも「らしくない」ので、読後感はそれほど似ていない。ヘミングウェイとカーヴァーは、人間関係の描き方の湿度がかなり違うので、リアリズムや簡潔な文体という共通項があるとしても私の中では異質な作家と映る。

簡単にいうと、カーヴァーは崩壊しかけている(あるいは崩壊した)夫婦関係や親子関係を描く家庭小説作家で、ヘミングウェイはボロボロになっても立ち向かう不屈の男を描くヒーロー小説作家だ。(定義が乱暴すぎるとは思うが)

「静けさ」はリテラシーをそれほど要求されない読みやすい短編であり、面白いだけに終わらない深い余韻もくれる良作だと思う。もう少し深掘りしたいところだが、長くなりそうなのでやめておく。ちょっと仕事も立て込んでいるので。

愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)

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