「自転車と筋肉と煙草」 レイモンド・カーヴァー

ヘミングウェイの短編「ギャンブラーと尼僧とラジオ」に似た奇妙なタイトルがまず気になるが、カーヴァーの場合、ほぼすべて謎なタイトルなのでそこはスルー。

エヴァン・ハミルトンの子どもが、友だちから借りた自転車を乱暴に扱い、挙句に失くしてしまう。持ち主である少年の母親から呼び出しがあり、親同士の話し合いになる。エヴァンは、同じように呼び出されていたもう一人の父親の見下した態度に我慢できず、帰り際に取っ組み合いの喧嘩になってしまう。

息子がいる家庭にとって、暴力沙汰にまでエスカレートしなくとも、この手の揉め事はそれほど珍しくはないだろう。「どんなこと言われても手を出してはダメ!」と非難するのは簡単だが、当事者になるとなかなか冷静になれないものだ。心情的によくわかるだけに、「やっちゃえ!」と思いながら私は読んでいた。

「やっちゃえ!」は分別のある大人としてどうなの?って思うでしょ。でもね、もう一人の父親がとにかくいけすかないパワハラマウンティング野郎で、カーヴァーの描写が巧いこともあって、格闘技の煽りvtrを観ている時のように興奮させられてしまった。子どもが馬鹿にされ、見下され、居丈高に怒鳴られる。大袈裟かもしれないが、これは尊厳や誇りに関わる問題でどうしても看過できないのだ。

エヴァンは「変なものを見せて悪かったな」と帰り道で息子に謝る。しかし、このトラブルをきっかけに、父と息子の距離感は変化し、同じ男として心を通わせていく。知っているようで実は知らなかった息子の世界に触れる。抑制の効かないダメな姿を晒してしまうが、結果的には子どもは大事な何かをそこに感じ取る。

ラストの一行も胸に沁みる。「自転車と筋肉と煙草」は、カーヴァー最初の短編集に収録された作品だが、永く心に残りそうな深みある名篇だと思う。

頼むから静かにしてくれ〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

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