「ヤクルトスワローズ詩集」 村上春樹

「ヤクルトスワローズ詩集」は、新作短編集「一人称単数」に収められているエッセイ(短編とは思えない)で、初出は2019年の「文學界」。1982年に村上春樹が自費出版で500部刷った幻の「ヤクルトスワローズ詩集」を肴に、自身の人生観を重ねつつスワローズ愛を綴っている。

「ヤクルトスワローズ詩集」は淀みのない滑らか文体とスムースな展開で、一気に最後まで読めてしまう。巧さに気づかないくらい巧く、書き手と読み手がいつの間にか一つになっている。読者の心を捉えるセンシビリティやサービス精神は、ある種の作家では年を重ねるごとに熟成されていくのだと感じた。同短編集に収録された他の短編もそうだが、円熟の境地というのか、豊かさや絶妙さが極まっている。

あまりに熱烈な阪神ファンであった父親への反発。

芝生に寝転んで過ごした神宮球場での時間。

負けることの方が多いチームとの付き合い方。

どの逸話もゆっくりしたテンポでアナログ感に溢れており、プロ野球とスワローズを愛おしさが伝わってくる。
私は、スワローズのファンではないが、年に1、2度は神宮球場へ観戦に行く。風を頬に受けながら、暮れゆく広い空の下、ほどよい喧騒の中で飲むビールは格別だ。ドーム球場が増えた今、私にとっても神宮は最も好きな球場であり、このエッセイも共感しつつ読むことができた。

ちなみに東京ヤクルトスワローズの公式サイトには
名誉会員 村上春樹による応援メッセージのページがある。

「巨人主催のテレビ中継の解説って、どうもつまらないものが多いですね。そう思いません?だから「こいつ、うるさい」と思うときは音声を消して、音楽を聴きながら。画像だけ見るようにしている」といった、いつもと違うスワローズファン村上春樹の本音も載っている。

プロ野球をまったく見ない方もいると思うが、ヤクルトスワローズという球団は、ここ数年だけでもビリを何度か経験している。去年のスローガンは「目を覚ませ!」だったが、夏になっても、秋を迎えても一向に目覚めることはなかった。村上春樹氏は「今年はもういいから、そのままゆっくり寝てたら?」と半分ヤケになったそうだ。気持ちはよくわかる。

話が逸れてしまったが、「ヤクルトスワローズ詩集」 は抜群に魅力的なエッセイだ。ラストの黒ビールの売り子との会話も味があって印象に残る。黒ビールと瓶ビールはもう売っていないという噂があるので、コロナが収束したら確かめに行こうと思う。

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