「足もとに流れる深い川」 レイモンド・カーヴァー

こういう短編に出会うために読書をしている。

「足もとに流れる深い川」の中でカーヴァーはとても高度なことをやってのけている気がする。私はこの物語をもっと強く深く感じたくなり、短時間の間に続けて2回読んだ。シャープで尖っていて、強固で、鮮やかで、短編小説に対する熱意と技術の凄みを感じた。どの世界でもそうだが、プロのレベルは驚くほど高い。

今回、私が読んだのはショート・ヴァージョンであり、文章が削ぎ落とされている分、主人公の女性の行動が唐突に思える部分はあったものの、名篇であることを読書中に何度も確信した。

あらすじはこう。

夫とその友人が川へ釣りに出掛ける。行きの道中で少女の水死体を発見するが、彼らはすぐに警察には通報せず、予定通りキャンプを続けることに決める。死体が川に流されてしまわぬようにナイロンの紐で手首を縛り、木の枝に巻きつける。少女をそのまま放置しながら酒を飲み、カードゲームを楽しんだ。帰宅後、様子のおかしい夫に事情を尋ねたことで、はじめて妻は事の経緯を知る。そして、精神的なショックを受ける。

という話だ。(こうして書くと、思った以上に暗い) 作中で説明されてはいないが、妻は死んだ少女と自分自身を重ね合わせる。そして少女の葬儀へ参加するため、クルマで川沿いの道を走る。そうした同一化と思える行動を採ることで、妻は精神的な死へと近づいていく。

具体的な川の名前などは出てくるが、カーヴァーはこの物語を、どこにでもある、誰にでも起き得るエピソードとして無名性をもって描き出している。

損なわれていく夫婦の関係、損なわれていく日常。漠とした不安だけが読後に残る。

愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)

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