「ぼくの父」 アーネスト・ヘミングウェイ

ヘミングウェイのすべての短編の中で最も好きな一篇を挙げるなら、「ぼくの父」か「蝶々と戦車」で迷う。「ぼくの父」は地味な作品なので、どこにそれほどの魅力があるのかと首をかしげる人もいるだろう。

「海外短編小説 解題」というブログを立ち上げるとき、一発目の解題作品は「ぼくの父」で行こうと考えていたが、初回でボルテージがマックスというのもどうかと思い、「清潔で、とても明るいところ」に変更した。「清潔で、とても明るいところ」が劣るというわけでは全然ない。この短編もかなり好きで、何度も何度も読み返した作品である。ただ、最後のシーンがどうも引っかかる。店を閉めた後のバーテンダーが一人称で語るくだりに違和感を覚えるというか、なんだか説明的で精彩に欠くように思えてしまうのだ。締め方が違っていればなあ、といつも思ってしまう。

話を戻すと、「ぼくの父」(原題:My Old Man)は、短編集「われらの時代」(原題:In Our Times)に収められた初期の一篇だ。Old Manは、老人という意味ではなく、one’s old manという親父とか旦那みたいな親しみを込めた表現のらしい。日本人がニュアンスを捉えるのは難しそうだが、「ぼくの父」という端正な感じより、「ぼくの父さん」くらいの温度だろうか。

物語は、競馬騎手の息子ジョーによって語られる。ジョーは学校へ通っていない。彼にとっては父親が学校であり、世の中を眺める窓である。いつも親子は共に行動する。朝のジョギングも一緒、父のレースがあれば二人で競馬場へ行き、カフェで酒を飲む時もいつだって傍にいる。ジョーは学校だけでなく、地域社会にも属していない。友達もいない。母親と暮らす家庭もない。父親との時間が彼にとってすべてなのだ。ある意味でとてもロマンチックな設定である。周囲の人間たちの父親への接し方を見ているなかで、ジョーは父親がいかさま師であることを知る。それでも父親のことが好きだった。父親は障害レースに出るために馬を買った。人生の勝負に出た父の姿を嬉しく見つめるジョー。しかし、無情にも悲劇が二人を襲う・・・

筋書きだけを追えば、それは救いのない話かもしれない。客観的に見れば、ジョーは可哀想な恵まれない少年である。しかし、まったく不幸には描かれていない。読んでいるうちに、自分が完全に少年に戻ったかのような瑞々しい感覚を抱いた。それほど少年の心理をリアルに表現しており、ヘミングウェイの凄みを感じる。一般的に「ぼくの父」は暗い話として捉えられているが、読むたびに力が湧いてくる。(私だけだろうか?) 永遠に心から消えることのない、誰も消すことのできない火のような思いをそこに感じることができるのだ。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

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