「合図をしたら」 レイモンド・カーヴァー

妻の誕生日に、新しくできたエレガントなフレンチレストランへ出かけた夫婦の話だ。二人の会話や振る舞いから、具体的には語られなくとも、そこに不穏さが漂うことに読者は気づく。ちょっとしたことで壊れてしまいそうなアンバランスさを感じる。レストランオーナーのアルドは気配りのできる大人の男で、感情をうまく制御できない子どものような夫ウェインとは対照的に描かれている。二人のコントラストが面白い。

食事のオーダーにはじまり、勘定を支払って店を出るまでの会話を主体とした話だが、最後まで二人の間にある問題が何であるかは具体的に語られず終わる。このあたり、ヘミングウェイのいくつかの短編を彷彿させる。影響を受けていることは明らかだろう。ただ、両者の作品から醸し出されるムードはかなり違っている。カーヴァー作品に登場する多くの男たちは、パートナーの女性に対して子供のように母性を求めて甘えているが、ヘミングウェイ作品の男たちはもう少し淡白だ。「白い象のような山並み」や「ある訣別」、「雨の中の猫」などと比べてみると、女性へのスタンスの違いが明らかに感じられる。カーヴァー作品がウェットな印象を残すのは、そうした甘えた態度によるものが大きいのではないだろうか。男性の読者からすれば、カーヴァー作品を読むと自分の中の情けなさを直視させられることになり、身につまされる。逆に女性からすれば、〝まったく男という生き物は〟とあきれたくなる感じだろうか。

「合図をしたら」(原題:Signals)は1970年に発表された短編で、著者は38年の生まれなので30歳頃の作品。訳文の滑らかさもあってか、実に読みやすい。引っかかることなく頭にすっと入ってくる。そして何より理屈抜きに面白い。秋の夜長、良質な短編は至福の時をくれる。

頼むから静かにしてくれ〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

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