原題は、Chef’s House。シェフといっても料理長の家ではなく、シェフという名前の知人男性の家という意味で、まあそんなことをわざわざ説明しなくてもとは思うが、意外と勘違いしている人が多い気がしたので。。。
ダラダラした書き出しになってしまったが、まずはあらすじを。
アルコール中毒のウェスは断酒を決意する。同じく過去にアル中だったシェフが、ウェスにただ同然で家具付きの家を貸してくれるという。別居中の妻をそこに呼び寄せる。妻は恋人に別れを告げ、心を入れ替えたウェスの元へ戻る。ささやかながら、とても穏やかで幸せな暮らしがはじまった。しかし、ある日の午後にシェフが訪ねてきて、「本当に心苦しいのだが、今月末までにここを出てほしい」とウェスに告げる。亭主が行方不明になってしまった娘が心配でここに住ませたいという。ウェスは希望に満ちた家を失うことになり、絶望に襲われる。
というストーリーだ。誰が悪いというわけではない。シェフには仕方のない事情がある。希望にあふれた家を出るのは残念ではあるが、受け入れて生きていく他ない。しかし、ここを何とか踏ん張って乗り越えるだけの余力が自分に残っていないとウェスは感じている。そして、どこにも光を見出せなくなってしまう。こうした閉塞感は、いかにもカーヴァーらしい。
この「シャフの家」はおそらく作家として絶頂期であった40代に書かれた作品であり、とにかく巧い。無駄がないし、クオリティが高い。内容は重く暗いものだが、それでも読んでいて面白くて仕方ない。ここまで没頭できる短編、他にだれが書けるの?ってくらい、退屈と無縁の読書体験をくれる。
ポジティブなマインドはそこにないが、共鳴してしまうだけの文章の力がある。暗い宿命、中高年男性の脆さ、それらが妻の一人称で描かれており、余計にせつない。
私は、この作家の凄みを、わかっているようで実は全然わかっていなかったのかもしれない。こんな短い作品で、ここまで圧倒されてしまうとは。
しばらく、カーヴァーしか読まないかもしれない。