『ジェリーとモリーとサム』 レイモンド・カーヴァー

過去にこの短編を読んでいてストーリーも覚えていたのだが、どうしてこれほど面白いのだろう。すべてのセンテンスが絶妙で、前回より100倍楽しめた。パーフェクトだと思う。

31歳のアルという男が主人公なのだが、いつレイオフ(一時解雇)されるか不安で精神状態は穏やかでない。しかも、タイミングが悪いことに家賃の高い家に引っ越したばかり。さらに困ったことには、バーで飲んでいて気立の良い女の子に出会ってしまった。気が滅入っていたこともあり浮気に走ったが、その関係をどう処理すべきかわからずズルズルと続けている。

要は、何もかもが悪い方向に流れて行き詰まっていく男の話だ。

情けないダメ男ぶりが、いかにもカーヴァー作品らしい。あらゆることに対して判断力や制御力を失っている自覚はあるものの、何をどうしたら良いのか見当がつかない。グダグダしているうちに便秘になり、小さなハゲができ…、といった具合に健康状態まで悪化していく。

未解決の問題が山積しているところに、妻の妹が子どもたちに雑種犬をくれた。アルにとっては悩みの種が増えただけで、義妹への憎悪が膨れ上がる。彼はその犬を罰当たり犬とか糞たれ犬などと呼び、家族に内緒で捨ててしまおうと企てる。

この先はネタバレになるので書かないが、この男は切羽詰まった精神状態のまま衝動的に動きつづける。そこに酒が加わり、心をリセットできない。犬を捨ててみたものの、期待したような解放感も得られない。むしろ、すべてが悪化していく。

行き当たりばったりで主体性のない男。そのダメ男に読者は同化させられる。

物語の展開が自然で無駄が無い。一文一文がとにかく巧い。めちゃくちゃ巧い。ちょっとした夫婦の会話も身に沁みる。

「もうすぐ夕食よ」とベティはバスルームに来て彼の顔を見つめて言った。

「いらないよ。腹が減ってないんだ。こう暑くちゃな」彼はシャツの襟をいじくりながら言った。「カールの店に行って、ちょいと玉を撞いてからビールでも飲む」

「お好きに」と彼女は言った。

「なんだい、それは」と彼は言った。

「行けばいいじゃない、どうぞお好きなように」

「すぐに帰ってくるさ」と彼は言った。

「どうぞお好きなようにって言ったでしょ。行きたきゃ行きなさいよ」と彼女は言った。

リアルでしょ?

カーヴァー未読の方は、この『ジェリーとモリーとサム』で適性を試してみると良いかもしれない。苦笑いしながらも虜になってしまうか、こういうのは苦手と感じるか。

ちなみに、ジェリーもモリーもサムもこの短編の中では脇役。個人的にはこうしたズラしは好みだが、ここまで珍妙なタイトルが許されるとは出版社も寛容だ。

カーヴァーは裏切らない。カーヴァーに外れ無し。今回はそのことを確認する読書となった。

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