Googleアナリティクスでユーザー属性を確認すると、私のブログの閲覧者は若い女性が多いらしい。40〜50代のストレスまみれの男ばかりと思っていたが。
ということで、今回は女性向けの記事。
取り上げるのは、久しぶりのミランダ・ジュライ。内向型人間特有の、生きづらさと透明感が混ざり合ったような、それでいて奔放で華もあり、つまり代わりがいないタイプの作家。そつなく世の中を渡り歩いていくタイプではなく、表面的でビジネスライクな世界にはいつまで経っても馴染めず、アンバランスだけど自分らしく生きている表現者だ。小説家という枠では括れない、オリジナリティと柔軟さがある。
このブログを読んでくれている女性には刺さるはずなので、ミランダ・ジュライ未読の方は騙されたと思って『あなたを選んでくれるもの』を手に取ってみてほしい。きっと特別な出会いになると思う。
『あなたを選んでくれるもの』は小説ではない。
毎週火曜日に郵送されてくるフリーペーパー「ペニーセイバー」に「◯◯売ります」と広告を載せた人へのインタビュー集だ。「なにそれ?」と思うだろうが、著者が直接電話を掛け、年齢も職業も性格もわからないまったく無名の一般人を訪ね、人生の断片を切り取るというフォト・ドキュメンタリーである。フォト・ドキュメンタリー・エッセーと呼ぶ方がしっくりくるかも。
著者自ら、『あなたを選んでくれるもの』を紹介している動画もある。
カリフォルニアという土地柄もあるが、次々と癖の強い人たちが登場する。スマホ時代に紙媒体に売買広告を出している人たちなのでアナログ感も強い。
革のジャケットを売りに出した60代後半のゴツい男性は、性転換手術をやり遂げることが残りの人生の望みだと話す。
ウシガエルのオタマジャクシを売るティーンエイジャーの男の子に「人生で一番楽しかったことは?」と問うと、「両親が開いてくれた高校の卒業パーティ」と答える。
キューバからの移民である偏執狂気味の男性も心に残った。
これが本当のリアルという感じで、どの人にも凡庸さと意外性が同居しており、人知れず我が道を行く無名の人たちが加工なしで提示される。
基本的に優しい眼差しを持って書かれてはいるが、本人が読むと気を悪くするような表現も割と多い。
人形を売りに出している年配女性について、「キュートなワンピースを着て、キュートな顔をした女のもつ自信にあふれていたけれど、キュートな顔ではなかった」とか、そういうことを書いてしまう。
お土産に渡された手作りのフルーツサラダを気持ち悪くてガソリンスタンドのゴミ箱に捨ててしまうし、関わりたくないタイプだからとにかく早く切り上げたかったと、本音を隠さない。
相手が薬物のリハビリ経験者だとホッとする、話題に困らないから。みたいな正直さが逆に心地好い。デリケートな感性を瑞々しいまま文章化するタイプの作家で、美談に仕立て上げようとか、ドラマチックに装飾しようとか、そういった作意がない。
「これはおとぎ話でも教訓話でもなく、本当のことなのだ。わたしは目を閉じて、そう気づかされるたびにやって来る、ズシンという静かな衝撃波を全身で受け止めた。それは私がボンネットみたいに頭にかぶって顎の下でぎゅっと結えつけているちんまりしたニセの現実が、巨大で不可解な本物の現実に取って代わられる音だった。」
インタビューに協力してくれた一人ひとりのリアルな人生を、安易に物語にすり替えてしまわぬよう注意深く共感しているのがわかる。
この本は変わり者のオンパレードであるが、軽妙で、愛おしいコラージュになっている。ミランダ・ジュライは、いかにも文学ですって感じで形式的な小説ばかり書いている連中や、偉そうに人生論や恋愛論を語るような大先生作家とは対局にいる存在だ。
しつこいようだが、騙されたと思ってこの本を手に取ってみてほしい。2300円は、特別な出会いの対価としては安いものだ。もし期待はずれだったら、騙されたと思って忘れてくださいね。