『轡』 レイモンド・カーヴァー

轡、見慣れない漢字だが「くつわ」と読む。原題はThe Bridleで、これは馬勒(ばろく)という意味。「轡」は馬に手綱をつけるためくわえさせる金具で、「馬勒」は馬の口に取り付ける革紐のことなので、厳密にはイコールではないがそういう細かいことはこの際どうでもいい。とにかく、滅多に出会えないくらいの名短編なのだ。どのくらい素晴らしいかというと、読み終えた時にドトールで泣いてしまったほどだ。近頃、心が震える読書をしていなかったので、久しぶりにテンションが上がった。

ちなみにこれが馬勒。

馬関連の道具って、使わないけど欲しくなる。鞍とか蹄鉄とか部屋に飾りたい。

『轡』は著者が40代半ば、絶頂期と呼べる時期に発表された短編集『大聖堂』に収められた一篇。簡潔かつ烈しい系のカーヴァーではなく、静謐でやさしい晩年のカーヴァーが味わえる。(50歳で他界しているので40代でも晩年)

とは言っても、いかにも名作然とした退屈な美談ではなく、読み終えてすぐ読み返したくなるほどの魅力を備えている。

物語の語り手は、アリゾナで長期滞在者向けの簡易ホテルの管理をしている中年女性マージ。アリゾナはメキシコと接する砂漠の多い土地で、こういう枯れた風景が広がる。

暑い夏の日、その簡易ホテルに一組のファミリーが古いステーション・ワゴンでやってきた。夫、妻、14才の長男、13才の次男の4人家族。遥か彼方であるミネソタから来たという。

ミネソタはカナダと接した中西部の州で、こういうところ。

農家を営んでいたが、夫が馬主として成功する夢に賭け、競走馬に有金のすべてを注ぎ込んだ。結果的に一文無しになり、農地を銀行に奪われてしまったという。新天地を求めてミネソタを捨てたが、なぜ農業にまったく適さないアリゾナへ来たのか。できるだけミネソタから距離を置きたいという心理が働いたのだろうか。そのあたりの説明はない。

簡易ホテル(モーテル)という仮の住まいとは言え、どうにか生活が軌道に乗り始めた頃、夫が酒に酔ってちょっとした事故を起こし、二人とも仕事を辞めてしまう。一家は荷物をステーション・ワゴンへ詰め込み、再びさすらいの旅へ出る。

という話だ。こうしてあらすじを書くと、思っていた以上に暗い。ローティーンの息子二人の存在がよく効いている。登場場面は僅かだが、寄り添いながら生きる家族の姿が目に浮かんでくる。

この短編に出てくる人物たちは饒舌ではない。語り手であるマージの穏やかさもあり、作品全体が寡黙なトーンに包まれている。マージは、何とか生活を維持しているこの一家を窓越しから観察している。狭い簡易ホテルの部屋で静かに暮らす4人を、少し離れた場所から見つづけている。4人を取り巻く状況は好転しない。むしろ悪化していく。

結局、一家はろくに挨拶もせず、この土地を去っていくことになる。部屋は綺麗に掃除されていた。馬主として大金を手にする、その夢の残骸である馬勒だけが部屋に残されていた。忘れていったのか、置いていったのか、それはわからない。

観察者であるマージは、住人たちから一定の距離を置かれている。嫌われているわけではないが、そこには疎外感が漂う。マージの夫ハーレーは何事にも無関心でテレビばかり観ている。この短編は、馬の口に取り付ける馬勒をタイトルにしているが、それは「強制」や「拘束」のメタファーで、どこにも行けないマージの閉塞感を表していると見ることもできる。カーヴァー作品におなじみの、どん詰まりの人生である。マージ、夫のハーレー、ミネソタから来た一家、他の住人たち、そうした負け組たちの交錯を描いた短編と思うと、なんとも遣る瀬ない。

解釈が甘くて申し訳ないが、この短編は長く心に残るだろう。プロットや細部は忘れてしまっても、塊のような何かが心に残ればそれで良いと思っている。

今回の読書で「レイモンド・カーヴァーの短編が世界で一番面白い説」が私の中で証明された。大袈裟に聞こえるかもしれないが、心からそう感じている。次は原書を読みたい。どうやら、何度目かわからないが、ひとりカーヴァーブームが来ているようだ。今回の波はなかなか大きいかもしれない。

それにしても、円安のせいで洋書がバカ高い。。。

TOP