「ロマンスだった」 ミランダ・ジュライ

いやぁー、かなり面白い。あらためて、他の作家とはまるで違った読書体験をくれる希少な存在だと思った。

サンフランシスコ・クロニクル誌は「ミランダ・ジュライの物語は、あらゆるページで私たちを仰天させる」と評しているが、確かにはじめの1、2ページを読むだけでも、自分の中で長く眠っていた何かが覚醒されていくような奇妙な心地好さというか、日々の暮らしの中で溜まった毒素が溶けて流れ出すデトックス効果を覚えた。

「ロマンスだった」(原題:It Was Romance)は、土曜の朝に開催された“ロマンス体質になるためのセミナー”を舞台にした7ページにも満たない掌編だ。ストーリーと呼べるものは特にない。設定自体がユニークであり、文体はかなり独創的であるのだが、それ以上に、休むことなく次々とイメージを連想させていく過敏な感性の発露がいかにも著者らしい。忙しいまでに間断のない軽快で尖った語り口は、他のミランダ・ジュライ作品にも共通した魅力だ。ユーモアのセンスも独特で、うなだれている女性を慰めようと背中を優しく叩いているうちにチャチャチャのリズムを刻んでしまうシーンなど秀逸だ。その独特の味わいは説明しても伝わらないと思うので、抜粋を読んでいただきたい。

わたしは彼女の横に膝をついた。彼女の背中をさすったけれど、ちょっと親密すぎる気がしてすぐにやめて、でもそれだと冷たい気がしたので、かわりに肩をぽんぽんと叩いた。これなら実際に彼女に触れている時間は三分の一だけで、あとの三分の二は、手は彼女に近づいているか彼女から離れているかのどちらかだ。でもそのうちに、だんだん難しくなってきた。「ぽん」と「ぽん」のあいだの間隔を意識しすぎて、自然なリズムがわからなくなってきた。なんだかコンガを叩いているみたいだ。そう思ったとたん、ついうっかり軽いチャチャチャのリズムを刻んでしまい、とうとうテレサは泣きだした。叩くのをやめて彼女を抱きしめると、彼女もわたしを抱きしめかえした。わたしのやったことは何から何まで裏目に出て、テレサの悲しみをさらにレベルアップさせたあげく、自分までいっしょにそのレベルに行ってしまった。

面白いでしょ?

「ロマンスだった」は、カンヌ映画祭新人賞受賞作「君とボクの虹色の世界」の脚本・主演・監督を担当したミランダ・ジュライによる初の小説集「いちばんここに似合う人」に収められた短編。この短編集は、フランク・オコナー国際短編賞を受賞している。多才な女性で、スター性もあるので、かなりの信奉者が日本にもいるだろう。文筆においても抜け目ないくらいに自分のスタイルを作り上げており、「いちばんここに似合う人」はデビュー作とはとても思えない。世界が絶賛するのも当然だと思う。ただ、中高年男性の多くはミランダ・ジュライの魅力を理解できないかもしれない。まあ、理解できない残念な人のことは放っておけばよいだけだが。海外の講演の様子などをYoutubeで見ていると、観衆に中高年が多い気がするので(男性も多い)、海外の読者層は意外と幅広いのかもしれない。

ミランダ・ジュライの撮った「ザ・フューチャー」という映画の予告編がコレ↓。主演も兼ねている。印象としては、小説よりもシリアスで大人。繊細な感性が綺麗に映像化されていて、物凄く才能を感じる。iTunesのレンタルでも観られるので興味を持った方はぜひ。

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