「異国にて」 アーネスト・ヘミングウェイ

この短編は、ヘミングウェイらしく、流麗な美文ではないが写実的で簡素な魅力に溢れている。(「簡素」は、私の中では最大級の褒め言葉)

ただし、何が主題であるかは、ちょっとわかりにくい。

あまり想像力を働かさずに読むと、怪我を負った兵士たちの描写を通して戦争の悲惨さを訴えている短編などと安易に解釈しかねない。

この短編の主題は、「戦争」でも「死」でもない。(あえて断言)

1918年、ヘミングウェイはイタリア戦線で傷病兵輸送を担当し、オーストリア軍の砲弾の破片で重傷を負った。そして、ミラノの病院で治療を受けている。「異国にて」はその時の経験をベースにした短編で、いわゆるニック・アダムズものである。こういった情報に触れると、死の恐怖を知る者が描く戦争の真実みたいなバイアスがどうしてもかかってしまう。そうなると、もうこの短編のコアを捉えることはできなくなるだろう。

ヘミングウェイが遠い異国で瀕死の重傷を負ったのは事実だが、戦争や死など高尚なテーマはこの作品の中心にはない。(またしても断言)

著者の頭にあったのは、「戦争で受けた外傷より心に負った恋の傷の方がずっと辛い、もう女はこりごりだ」という恋愛への幻滅、女性への嫌悪である。

なぜ、そんなことがわかるのかって?

ネットで情報を拾って、知ったようなことを書いているわけではない。
昨夜、私は湯船に浸かりながら、静かに目を閉じ、この小説の主人公の気持ちをイメージしてみた。やがて雑念は消え、深い想像の世界へと入って行った。浴槽のなかで、私は1918年のミラノに飛んだのだ。そして、完全に著者ヘミングウェイと同化した。その時、直感的にこの短編のエッセンスを捉えたのだ!!!

なんだかトーンがおかしくなってきた。(けっして酔ってはいない)
「異国にて」が収録された短編集は「男だけの世界」だが、当時のヘミングウェイは女性問題で追い詰められ、すっかり衰弱しきっていた。恋愛への拒絶反応が、「男だけの世界」を書かせた。でも、辛いことをそう簡単に忘れることはできない。同短編集に収められたハードな犯罪小説「殺し屋」や、宗教をモチーフにした「今日は金曜日」などの男性的な作品群は、本質的には異性問題をテーマにした恋愛小説である。女性関係でトラウマになるほど辛い思いをした純情なアーネストは、彼なりの自己救済が必要になり、いろいろ捏ねくり回して恋愛や結婚をディスる短編を書いたのだ。

これはあくまで私の解釈であり、異論もあるだろう。
こういうものの見方をする人間もいるのだと、寛容に受けとめていただければと思う。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

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