「革命家」 アーネスト・ヘミングウェイ

「革命家」 アーネスト・ヘミングウェイ

「革命家」 (原題:The Revolutionist)は1924年刊行の「われらの時代」(原題:In Our Time)に収められた、文庫にしてわずか2ページという掌編だ。「われらの時代」には短編と短編の間にごく短いスケッチ(中間章)が挿入されているが、元々は「革命家」もそうしたスケッチの一つだったらしい。全体の構成を調整する中で、短編に格上げされたそうだ。作家本人が語るところでは、中間章は俯瞰図のようなものとのこと。カメラをズームせず、遠くから全景を見渡して描く感じか。「革命家」も、確かに短いながら国境を跨ぐスケール感や開放感がある。

ヘミングウェイがこの短編を書いたのは、おそらく最初の妻ハドリーとパリに暮らしていた時期。セザンヌの絵画を創作上の師と仰ぎ、貧困生活の中で執筆に打ち込んでいた頃だ。印象派の絵画とヘミングウェイの小説がタッチとして似ているかは微妙なところだが、透明感あふれる自然や陽光などは共通して感じ取れる。「革命家」にも、絵画は重要なモチーフとして登場する。イタリアを鉄道で旅する歳の若い男が、共産党の情報誌に包んでピエロ・デラ・フランチェスカの絵の複製を持ち歩いている。そして、マンテーニャは好きではないと話す。ピエロ・デラ・フランチェスカはシンプルな構成と明るい色彩の宗教画、対してマンテーニャはどす黒くゴツゴツとした厳格な宗教画だ。ここには、作家が意図した明確な対比がある。

「革命家」は、「1919年、彼は鉄道でイタリアを旅していた。」という一文で始まる。第一次世界大戦が終結した翌年の話ということになる。若い彼は、ホルティ派からひどい仕打ちを受けたが、まだ世界革命を全面的に信じている。ホルティとはハンガリーの提督で、戦後に共産主義勢力を弾圧している。最後は、「シオンの近くでスイス人に投獄されたという。」という一文で終わる。シオンはスイス南部のワイン産地であり、カトリック教区として歴史ある町だ。

いろいろ情報を並び立てたが、ほとんど解釈がなく申し訳ない。たった2ページではあるものの、美術、政治と戦争、宗教など幅広い知識が必要で、ハードルの高い手強い短編だ。正直なところ、お手上げ状態で考えがまとまらない。。。ただ、充分に理解はできていなくても、この短編に魅力を感じているのが面白いというか不思議だ。小説は論文などとは違い、左脳ではなく右脳で読んでいるということなのだろう。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

 

********************

ヘミングウェイの名言を原文に忠実に訳してみました。

説得力のある言葉の力で悩みを解消できるかもしません。

もしかしたら座右の銘が見つかるかもしれません。

お時間があれば是非こちらもご覧ください。

ヘミングウェイ 名言 その1

ヘミングウェイ 名言 その2

********************