「戦いの前夜」 アーネスト・ヘミングウェイ

「戦いの前夜」 アーネスト・ヘミングウェイ

原題はNight Bofore Battle。

ヘミングウェイはスペイン内戦の記録映画「スペインの大地」(1938年)の製作に深く関わっていた。反ファシスト側に立った傑作ドキュメンタリーで監督はヨリス・イヴェンス、ヘミングウェイはナレーション原稿の執筆を担当し、取材も含めスペインに延べ8ヶ月滞在している。

この時期はバリバリの行動派女性マーサ・ゲルボーン(後に3番目の妻となる)との蜜月時代である。マーサはよく「男まさり」と形容されるが、「男まさり」は女性への差別用語なので私は使わない。わざわざ説明するとなんだか嘘くさいが。

アーネストとマーサの二人はアドレナリン全開で戦場を駆けまわり、興奮と高揚感に酔いしれていたことだろう。映画完成後、二人はホワイトハウスに招待され、ルーズヴェルト大統領夫妻を相手に「スペインの大地」を披露している。

スペイン内戦での体験をベースに、「戦いの前夜」蝶々と戦車」「密告」「分水嶺の下で」「だれも死にはしない」「死の遠景が書かれた。生前未発表の「死の遠景」(後味の悪い蔑み小説)をのぞいてどれも傑作で、作家として充実ぶりがうかがえる。ちなみに、スタインベックも大絶賛していた「蝶々と戦車」はヘミングウェイの最高傑作だと私は思う。

ちなみに(ちなみにが多いね)、ヘミングウェイは39年からマーサとキューバのフィンカ・ビヒアに住みはじめ、翌年40年に長編「誰がために鐘は鳴る」を刊行している。「だれがために」でなく「がために」と読むのでお間違えないように。

「戦いの前夜」は、「蝶々と戦車」同様にチコーテというマドリードの酒場が舞台になっている。

チコーテの住所はCalleGran Vía, 12 28013。シベーレス広場(レアル・マドリードが優勝した時にファンが集まる噴水)から徒歩圏内、グランビア通りに面している。

ちなみに(ちなみにが多過ぎる!) チコーテ ヘミングウェイ でググると私のブログがトップに表示される。他にもヘミングウェイの多くの短編で検索結果トップになっており、素直に嬉しい。

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「戦いの前夜」には特にストーリーはない。内戦中のマドリッド、記録映画の撮影に参加するヘンリーが仕事あがりに酒場チコーテに寄る。混み合う店内で昔からの友人アルに遭遇する。アルは戦車隊の司令官であり、明日の攻撃に嫌な予感を抱いていてナーヴァスになっている。常識はずれの無謀な作戦の犠牲になり、命を落とすのではないかと。二人は酒を飲み交わす。体の汚れを落とすためにホテルへ行き、また食事へと出掛ける。ただそれだけの一夜のスケッチであり、戦闘シーンはない。翌日の戦闘についても書かれていない。酔っ払い、ギャンブルに興じ、さまざまな連中と出くわす。戦争の悲惨さを道徳的に描くのではなく、深刻に重苦しく描くのでもなく、混沌とした夜の喧騒を写実的に描いている。瑞々しいままに記録しようとしているかのように。

この短編で(他の短編でも)ヘミングウェイはフィジカルに感じ取ったことを忠実に文章化しようと努めている。実際に小説と同じ出来事が起こったかは重要ではない。ヘミングウェイはルポライターではなく小説家であり、ありのままに事実を伝える職業ではない。説明がややこしくて申し訳ないが、ヘミングウェイの小説は実際の起きたことではなく、知っていることを書いている。知っているというのは、知識としてではなく、フィーリングとしてという意味だ。それがヘミングウェイにおけるリアルだと私は思っている。

「戦いの前夜」は「日はまた昇る」のように、旅行欲を強く掻き立てる小説だ。コロナが収束し、経済的にゆとりができたら、マドリッドへ行きたい。「戦いの前夜」に出てくるホテルフロリダは取り壊されてしまったが、チコーテは今も営業している。(↓は現在の写真) チコーテで酒を飲み、ホテルに戻って「戦いの前夜」「蝶々と戦車」「密告」「分水嶺の下で」「だれも死にはしない」「死の遠景」を読む。想像しただけで涙が出そうだ。

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)

 

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