「追い抜きレース」 アーネスト・ヘミングウェイ

この短編、正直あまり好きじゃない。リアルにイメージできるから余計にそう思うのだが、かなり嫌いかもしれない。

原題は、A Pursuit Race。追い越し競争の意味で、追われる切迫感をシンボリックに表したタイトルになっている。

自分の欲望を制御できないジャンキーと彼の雇い主である立ちまわりの上手い男、この二人の会話で構成された短編だ。

ちょっとした与太な一言で機微を表現するあたり、ヘミングウェイの技が冴える。

「それはもう言っただろうが」

「何を?」

「馬や鷲についてさ」

「ああ、そうだったな」

こうした惚けた受け答えが、キャラクターにリアリティを与えている。ほとんど内面描写に頼っていないため、夢や希望のない話ではあるのだが、ウェットさはそれほどない。

この作品の核はジャンキー男の次のセリフにあるように思える。

「調子よく立ちまわれないんだ。たいてい、ひっかかっちまう。いくら調子よく立ちまわろうとしても、ひっかかっちまうのさ。みじめなもんだぜ、調子よく立ちまわれない、ってのは」

運の善し悪しではなく、コミュニケーションが不得手だったり、野暮な振る舞いで損をしたりで、本人なりに頑張ってきたが結果として報われない。やがて立ち行かなくなってしまう。そして酒に逃げ、怠惰な暮らしへと堕ちていく。

いるでしょ、こういう人。

少し気の毒ではあるが、基本的にダラシない人は人生に行き詰まるのだと思う。不摂生をせず、挨拶や身なりがきちんとしていれば、人はそうそう切られたりするものではない。(違うかな?)

レイモンド・カーヴァーの短編を読んでいる時にも、グータラな主人公にイライラさせられることが多いが、今回もちょっと腹が立った。文学の読み方がわかっていない、と言われそうだが、湧き上がってくる嫌悪感はコントロールできないので仕方がない。

少し前のことだが、レストランでジョッキ片手に「俺は酒を飲むために生きてるんだ。これだけが楽しみだ。飲めないやつは馬鹿で不幸だ!」ってわめいている爺さんがいた。でも、まったく幸せそうには見えなかった。酒好きの人を見ていると、洞窟の中で出口じゃない方に向かって歩いているように思えることがある。出口は反対だよ、と言っても「そんなことはない」と言って、地の底の方へと赤い目をして歩いていく。

ジョギングをして、シャワーを浴びて、清潔な服を着る。生き方は人それぞれだけど、こっちの方が幸せだと思うけどねぇ。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

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