素晴らしい短編だ。今年読んだ中でベストかもしれない。読み始めてすぐに心を奪われ、一度も醒めぬまま、ラストに至って涙が出た。文体の骨っぽさも堪らない。夕方から夜明けからまでの数時間を描いた短編だが、多くのものが凝縮された濃い一篇だ。
「灰色の輝ける贈り物」(原題:The Golden Gift of Grey)は、あらすじだけでも面白い。
学校からの帰り道、ジェシーはビリヤードに惹かれて、野卑な荒くれ男たちが集う未成年者お断りの酒場に入る。誰も彼のことを気に留めていないし、咎めもしない。フットボールの練習がない日は、学校が終わるや急いで店へ走り、ひとり黙々と球を撞いた。脇目も振らずに練習に打ち込んだ。ある晩、小銭を賭けたビリヤードに誘われる。日頃の努力の甲斐あって勝ちつづけるジェシー。夢の中にいるような高揚した気分で、時間が過ぎるのを忘れゲームに没頭した。門限はとうに過ぎている。家では、カントリーミュージックを好む信心深い両親が帰りを待っている。兄想いの弟ドニーが、ジェシーの居所を探し当て迎えにきた。父はかなり頭にきているようだと告げる。それでもジェシーは帰ろうとしない。深夜3時の閉店まで撞きつづけた。1ドル札で膨らむポケット。終夜営業のカフェに入り、紙幣を数える。その時ふと、それまで疎ましかった両親のことが急に愛おしく思え、稼いだこの31ドルを渡そうと考える。家に戻ると皆が心配して起きていた。その晩の行動を説明し、31ドルをテーブルに置く。両親は喜ぶどころか「朝ごはんの前に返しておいで」とジェシーに告げる。怒りと無念さと絶望感で泣き出すジェシー。彼は家を飛び出し、夜が明け切る前の光の中を走り出す・・・
夜の喧騒の中にギャンブルがあり、酒がある。そこに一歩足を踏み入れると、非日常的な興奮の渦に飲み込まれてしまう。勝てば優越感に酔い、負ければ悔しさに支配され、その連鎖から抜け出せなくなる。時間を忘れ、自分を忘れ、家族を忘れてしまうのだ。そして、虚しさと31ドルだけが手元に残る。
「灰色の輝ける贈り物」は、ジェシーの感性と行動を通して「大切なものは何か」を問うている短編だ。多感な時期の若者が、大人たちの狡猾さや下劣さの臭いを嗅ぎ、悪魔の誘惑を体感した後に迎える新しい日。なんと切なく美しい話だろう。説教くさくはない。古風だが古くさくもない。骨のある名篇なので、ぜひ多くの人に読んでいただきたい。
「灰色の輝ける贈り物」を書いたのは、知られざる偉大な作家と呼ばれるカナダ人アリステア・マクラウドだ。短編の名手と称されるだけあって、古典にまったく引けを取らない超一流の作品で一部に根強いファンを持つ。1999年に長編「彼方なる歌に耳を澄ませよ」がベストセラーとなり、その名を知られるようになった。「灰色の輝ける贈り物」は前期の短編だ。体を張って働く労働者をリスペクトしている誠実な人柄が、作品にも滲み出ている。