「帰郷」 アリステア・マクラウド

カナダの大都市モントリオールで弁護士をしているアンガスが妻と10才の息子アレックスを連れて、里帰りする。言ってしまえば、それだけの話である。アリステア・マクラウドの短編は、サプライズやミステリーで魅せようなどという姑息さはなく、奇をてらった展開や劇的なクライマックスとも無縁だ。悲喜こもごも入り混じった家族や土地に対する感情を、多面的に静かに綴っている。何だか退屈に聞こえるかもしれないが、充分に面白く、読み応えがあり、我慢の読書ではまったくない。

物語は10歳の息子アレックスの言葉で語られる。父と母とともに、父の故郷である炭鉱の島ケープ・ブレトンへ向かう。(ケープ・ブレトン島はカナダ東部大西洋岸の面積10,311平方キロ、人口は約15万人の島)

この旅で、アレックスは生まれて初めて祖父母に会う。祖父は76歳だがいかにも炭鉱労働者という感じの骨っぽい男。スーツを汚さないよう気をつけている父や、インテリな母方の祖父母とは対照的な人物だ。

ケープ・ブレトン島は父の故郷ではあるが、父は今ではすっかり都市生活者であり、「帰ってきた」といよりは「遠くからやってきた」という雰囲気だ。父にとって、島の習慣や価値観はもはや外の世界では通用しないもので、祖父母の考え方も時代遅れだと感じている。モントリオール育ちのアレックスの母も、ここに暮らす人間たちの品のない振る舞いを嫌っている。

アレックスは、いとこや祖父や土地の人間と触れ合い、匂いを嗅ぐことで、ケープ・ブレトンを体で感じ取る。そして、惹かれていく。

最後にアレックスは祖母からしわだらけの1ドル札をもらい、それを「絶対に使わない」と心に誓う。帰りの列車の窓からは、丘を登る祖父の背中が見える。

アレックスの母はモントリオール出身であり、都会育ちの女性だ。その母の祖父が経営する弁護士事務所に働く父も、もはやそちら側に染まった人間である。そのような2人の元に生まれたアレックスにとって、全身真っ黒な炭鉱の男たちやボロを着た泥だらけの子どもたちは、まったくの未知なる人種だ。しかし、直に接するうちにアレックスは直感的に大切であろう何かを捉え、それを胸に刻んでモントリオールへと帰っていく。

鉱夫の子として生まれ、大学教授の職に就いたアリステア・マクラウドの小説は、昔から変わらぬ故郷の暮らしと都会の文化的な暮らしの間で、立ち位置を模索しているような印象を受ける。著者自身の中に、どっちつかずのジレンマがあったのかもしれない。多くの短編では、故郷への思いをある意味でロマンチックに描き、温かな印象を読み手に与える。このあたりの微妙なポジショニングが、マクラウド的な愛郷の形なのかと思ったりする。

それにしても、石炭の粉、黒ずんだベルトのバックル、薄汚れた灰色の髭、がっしりした石鹸といったハードな描写がかっこいい。アレックスが惹かれていくのがよくわかる。スーツが濡れないようにベンチに新聞紙を敷いて座っている父親は、やはり男として情けない。。。

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