「泳ぐ人」 ジョン・チーヴァー

今年読んだ中ではトップ。続けて3回読めるくらいに魅力ある短編だ。

「泳ぐ人」(原題:The Swimmer)は、1964年に「ニューヨーカー」に掲載されたチーヴァーのもっとも有名な短編である。

舞台は郊外の高級住宅地。アッパー・ミドル・クラス(上層中流階級)と思われる主人公ネディ・メリルが友人宅のプールでくつろいでいる。そのとき、近所のすべてのプールを泳いで家まで帰ろうと思いつく。計画を実行すべく、勢いよく芝を横切って歩き出すが・・・

あらすじを紹介したところで、ほとんど何も伝わらないと思う。近所のプールを泳いで家に帰る、この時点で未読の人には意味不明だろう。まったく合理性のないシュールなストーリーなのに不思議とリアリティがあり、他の作家で味わえない独特のムードが心地好くもある。もっとずっとこの世界に浸っていたいと、読後に飢えに近いものすら覚えた。

*この先、ネタバレ注意!

一言で説明するなら、主人公のネディーという男が他人の家のプールにズカズカと入っていくだけの話だ。突然の訪問は、はじめのうちは大歓迎されるが、次第にトーンが変わっていく。そのあたりの悲哀が沁みるし、何より純粋に読み物として尻上がりに面白さが高まっていく。ラストで、鍵の閉った誰もいない自宅にたどり着く。たくさんの人と出会い、別れ、孤独なエンディングを迎える。一日の出来事であるのに夏から秋へと季節が変わっていくなどの不思議さもあり、現実と幻想のブレンドも絶妙に感じた。自己愛と現実、若さと老い、富と腐敗。この奇妙な旅はまるで人生そのものであり、とても感慨深いものがある。

それにしても設定が秀逸すぎる。こういう短編を書けたら最高に幸せだろう。

*ちなみに「泳ぐ人」は映画化されていて、カルトムービーとして熱烈なファンを獲得しているそうだ。主演のバート・ランカスターがいい味を醸し出している。

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