「巨大なラジオ」 ジョン・チーヴァー

ジョン・チーヴァーというと都会派作家のイメージが強く、そうした先入観もあってこれまではどこか距離を感じながら読んでいた。

短編集の紹介文などにも「郊外の高級住宅街を舞台にした洒脱でアイロニーに満ちた物語」とあり、あかぬけたWASPの小説だと思い込んでいた。つまり、自分には縁がない作家だと。

今日、それが間違っていることに気づいた。リッチとかセレブとか、気取りが鼻につくような嫌味な作家ではなく、もっとずっと複雑で、もっとずっと重要な作家と今は感じている。

「巨大なラジオ」はチーヴァーの代表作の一つだが、かなり良い。久しぶりにテンションが上がっている。

まず、文章が滑らかに流れていて読みやすい。小難しい言葉も使われておらず、スーッと頭に入ってくる。「えっ、何?」と少し戻って読み返す必要がまったくない。村上春樹訳というのもあるが、展開自体が自然なので原文でも読みやすい気がする。

物語の舞台は、ニューヨーク市サットンプレイスの高級マンション。若いウェストコット夫妻はその12階で満ち足りた生活をしている。夫が新たに購入したラジオ。このラジオがどういうわけか、アパートの他の住人たちの声を拾ってしまう。妻は、隣人たちの家庭内での会話を聞くことにハマってしまい、ラジオから離れられなくなる。聞いてはいけない声を聞き続けるうちにすっかり気が滅入り、それを心配した夫は業者に依頼してラジオを修理する。妻を幸せにするために手に入れたラジオによって、ウェストコット夫婦の関係は損なわれてしまう。

というあらすじだ。とても示唆に富んだアイロニカルな短編だ。

今の世の中に当てはめてみるなら、テレビやネットで有名人のゴシップや他人の秘密ばかり見聞きしているけど、実際は自分も同じように愚かで汚れた人間、という感じだろうか。

ネガティブな思考に囚われていると負に引き寄せられる、という教訓ともとれる。陰謀論とか未解決事件とか誰かの黒歴史とか、そういう情報ばかり追っかけていると闇との親和性が高くなり、幸せはどんどん遠のいていく。

思考の現実化、…怖いね。

巨大なラジオ / 泳ぐ人

MONKEY vol.15 アメリカ短篇小説の黄金時代

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