「質屋の女房」 安岡章太郎

いい感じに脱力感があって、全体的に心地好さを覚える。半世紀以上前の作品であるのだが、どこか鮮度を感じる。

ただ、青春の漠とした憂鬱さと暗い戦争の影がそこにあり、抗う意志を持たない主人公の虚無感がとてもリアルで・・・、つまり読み手に生きる力を与えてくれる類の作品ではない。

男子学生が質屋の女房に惹かれる、という物語の設定自体に心を弾ませるような夢やロマンがない。あくまでもこじんまりした私小説(風)であり、大仰なことは語られない。本当に文章は巧いとは感じるが、なんというか、情けない弱者感がにじみ出ているのだ。

陰鬱に悩むというのではないので、重苦しい読書にはならない。いつもどこか可笑しみがあり、気ままに流れていくようなやわらかな文体もちょっとクセになりそうな魅力を持っている。でも、個人的にはちょっと物足りないかなぁと正直感じてしまった。

著者の安岡章太郎は1920年生まれ。「第三の新人」の代表的な作家であり、「悪い仲間」「陰気な愉しみ」で芥川賞を受賞している。

村上春樹氏は雑誌「考える人」のインタビューの中で、戦後文学で文体的に最も好きなのは安岡章太郎と発言している。強さからの自由があるというのがその理由で、「何かを固定しようとする一貫したものでなくて、逃げまわる文体で、そこにやわらかなものがある」と語っている。

わかる気もするのだが、私の場合はそこに、じれったさやもどかしさを感じているのかもしれない。好みとか相性の問題なのかな。。。

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