「水泳チーム」 ミランダ・ジュライ

儚さと強かさが同居した不思議な話だと感じた。本質的に透明感にあふれていて優しい。古典ではまず出会うことのない、というか他の作家にはない感性が詰まっている。ちょっと痛々しいくらいに不器用な女性の個性的な行動が、ユーモラスな一人称の文章で語られる。

「水泳チーム」(原題:The Swim Team)は、80を過ぎているだろう3人の老人たちにスイミングを教えるという奇妙な話だ。しかも、海でもプールでもなく、アパートの床にぬるま湯を入れた洗面器を置いて。タイトルの付け方をはじめ、ミランダ・ジュライ独特のとぼけた笑いのセンスにいつの間にか殺られてしまった。特に泳ぎ方を教えるくだりは笑える。ほんの一部だけ抜粋すると

三人が来ると、わたしはボウル三つにぬるま湯を張ったのを床にならべ、それとは別にコーチ用のボウルをその前に置いた。お湯には塩をちょっと入れた。鼻から温かい塩水を吸うのは健康にいいって聞いたことがあったし、きっと三人はうっかり鼻から吸いこむにちがいないと思ったからだ。わたしは鼻と口を水につけ、横を向いて息つぎをするやり方を教えた。それに足の動きをつけ、それから腕の動きもつけた。たしかに、水泳を覚えるのにこれはベストな方法じゃないかもしれない、とわたしは言った。でもね、オリンピックの選手もプールがない場所ではこうやって練習するのよ。わかってるわかってる、もちろん嘘、でもね・・・

とこんな調子でつづいていく。しかし、笑いを取ろうとするあざとさは感じない。滑稽ではあるがそこには痛みがあり、哀しさがある。この物語は、別れたばかりの男への皮肉を込めたメッセージというスタイルを採っている。わたしはあなたが知らないところでこんなに必要とされていたのよ、という。本人は大真面目でも、傍からは奇妙に映ってしまう不器用で孤独な女性のピュアネスが自然と伝わってくる。こうした主人公の下手な生き方は、多くの女性の共感を呼ぶだろう。自分を持っているけど集団には馴染めないタイプなら、同化の対象になるだろうし、生きていく上でとてもチカラになるはずだ。もちろん、男性にとっても充分に面白く、心に響く。

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

作者のミランダ・ジュライは、2005年のアメリカ映画「君とボクの虹色の世界」で監督・脚本・主演を務め、カンヌ映画祭カメラドール(新人監督賞)と批評家週間グランプリを受賞したことで広く名前を知られるようになった。「水泳チーム」が収められた初の短編集「いちばんここに似合う人」が世に出たのは2年後の2007年で、その年のフランク・オコナー国際短編賞を受賞している。パフォーマンスアーティストでもあり、ミュージシャンでもあるナチュラルボーン・マルチタレントだ。

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