深夜に掛かってきた一本の電話。それだけを材料に旺盛な想像力で一つの短編にまで膨らませている。
でも、他の村上春樹氏の作品とはトーンが異なる。
何かに突き動かされて書いているような妙なパワーがあり、ほとんど推敲していないかような生々しさも感じた。
疎遠になっている昔の恋人の夫からの「妻は先週の水曜日に自殺をしました、なにはともあれお知らせしておかなくてはと思って」という感情に乏しい低い声の電話。いかにも春樹的な謎めいた書き出しなのだが、その後に読者を引き込むプロットがなく、観念的な描写+露骨な性描写がダァーと押し寄せてくる。
思いつくままを数珠繋ぎに描く実験なのだろうか。意図して抽象的に書いているような節もあり、正直なところ思考が停止してしまい、途中から何もイメージが浮かばなくなった。
著者本人によると、あるきっかけがあってイメージが湧き上がり、即興的に淀みなく書き上げたそうだ。根源的な物語の鉱脈が自身の中にまだ存在していることを感じられて嬉しかった、とも書いている。
いろいろな表現スタイルを試せるのが短編の良さでもあるので、これもそうしたものの一つということなのだろう。
フィジカル、アクティブ大好きな私には、独白スタイルはフィットしなかった。柔らかな文体でありながらどこか鋭利なナイフのような鋭さを持つデビット・リンチ的な短編が読みたいかな。