「窓」 村上春樹

音のない記憶の世界に降りていくようなアンニュイなムードに包まれているが、しっとりとした読書を愉しめる魅力ある一篇だ。

物語の設定も展開もかなり面白い。

手紙の文章を添削する「ペン・ソサエティー」という会社で、大学生の「僕」はアルバイトをしている。この会社は「あなたも相手の心に響く手紙を書けるようになります」というキャッチフレーズで会員を募っている。ペン・マスターと呼ばれる指導スタッフが、会員から送られてくる手紙にアドバイスを書き入れて返送するというサービスを提供している。「僕」もそうしたペン・マスターの一人であり、24人の女性会員を受け持っている。ほとんどの会員が自分より年上で、文章も上手い。本当に自分に務まるのかとはじめは不安に思うが、自分の指導が上々の評判を得たことで、気持ちにゆとりも生まれてきた。しかし、わけあってアルバイトを辞めることになった。受け持っていた会員の既婚女性から食事に招かれる。彼女の自宅でハンバーグ・ステーキを食べ、互いの境遇などについて会話を交わす。

という話だ。「バート・バカラックのレコードを聴きながら身の上話をした。」という一文があったので、Youtubeでバカラックの曲を流しながらこの短編を読んでみた。(元々、この「窓」は「バート・バカラックはお好き?」というタイトルだったそうだ)

かなりムーディだ。私はロックが好きなので、これまでほとんどバカラックを聞いたことがなかったが、とてもメローで色気がある。「明日に向かって撃て」のテーマやカーペンターズの曲などは知っているが、本人が歌う姿は初めて観た。甘い雰囲気なのに、目が鋭くて手強そうな人だ。ファンの人が聞いたら怒るかもしれないが、刑事コロンボに出てくる犯人のようだとちょっと思ってしまった。(いい意味で・・・) こういう優美なフェロモンを出す芸術家は、相当にモテたのではないだろうか。

話を戻そう。

この短編の主題が、次の文にあることは普通に読んでいて割と容易に気づけるだろう。

「物事のリアリティーというのは伝えるべきものではないのだ。それは作るべきものなのだ。そして意味というのはそこから生まれるものなのだ」

この一文は「バート・バカラックはお好き?」には無く、「窓」で加筆されたそうだ。

自己流の解釈だが、文章の良し悪しというのは読み手の中に風景を立ち上げることができるかで決まる。文才が有る人と無い人の差は、イメージ喚起力の差であるということだろうか。村上春樹氏による“文章が醸成するリアリティについてのステートメント”という気もする。的外れかもしれないが。。。

ラスト近くに「これがこの文章のテーマだ」の一節があるが、これはおそらく著者の遊びごころで、本質とはあまり関係がないかと思う。

それにしても手紙の添削という仕事はとても魅力的だ。いろいろ思うところはあったが、私のこの短編の感想を一言でまとめるならこうなる。

「ペン・ソサエティー」で働きたい!

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

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