延べ8ヶ月という長期滞在でスペイン内戦を体感し、1938〜1939年頃に執筆したのが本作。8ヶ月間とは言っても、North American Newspaper Alliance(北米新聞連合)の特派員としての滞在であり、戦闘に参加した訳ではない。当時のヘミングウェイはすでに世界的に名の知れたスター作家であったため、何かと特別扱いを受けながら取材していたと思われる。
「死の遠景」は生前未発表の短編ではあるが、私の好きな「蝶々と戦車」「誰も死にはしない」「橋のたもとの老人」とほぼ同時期に書かれており、とても興味深い。ヘミングウェイは「スペインの大地」というプロバガンダ映画の制作に携わっているが、その撮影の様子がこの短編で描かれている。原題は、Landscape with Figuresで「死」という言葉は入っていない。ニュアンス的には原題の方が乾いている感じだろうか。
作中で「偉物(えらぶつ)」と呼ばれる登場人物が出てくるのだが、態度がでかいくせに危険が迫ると誰より早く逃げ出す情けない男として描かれている。このめちゃくちゃカッコ悪いサイテー男は、実在の人物をモデルにしており、イギリス人科学者のホールデンと言われている。まあまあ有名な人だったらしい。
戦場の惨劇を目の当たりにして動揺する女性記者はヴァージニア・コールズという人物をモデルにしているらしいが、後に三番目の妻となるマーサ・ゲルボーンと重ねて見る向きが強い。この短編が書かれた時期に、キューバの邸宅フィンカ・ビヒアでマーサと暮らしはじめている。(二番目の妻ポーリーンと離婚していなかったのに同居を始めたらしい。。。)
まあ、いずれにしても、実在する有名人を情けない男として描いたり、経験不足の甘ちゃん女性ジャーナリストとして描いたりしているため、面倒を避ける意味でもこの短編は生前未発表となったのかもしれない。(さすがに出版社も止めるよね)
この短編には、人を辱めたいという不純な動機が透けて見える。爽やかさや健やかさに欠ける。気に入らない人に対して、「あいつは情けねぇ奴だ」と蔑みたくなる気持ちはわからなくはない。でも、そうした発言をしたところで、「やっぱりヘミングウェイは男らしいね」とはならない。むしろ逆で、他人の欠点ばかり気にしているネガティブな奴という印象を抱かせてしまう。そういう意味で、ヘミングウェイの悪い部分が色濃く出てしまった短編という気がする。
蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)