『引退してみると』 バーナード・マラマッド

原題はIn Retirement。

仕事をリタイアし、妻に先立たれた元開業医の老いらくの恋を描いた短編だ。その恋は完全な片思いであり、ふとしたきっかけで手紙を盗み読み、アパートのロビーでひっそり待ち伏せるといったストーカーまがいの行為に及ぶ。自分の娘ほどの年齢差があるにもかかわらず、挨拶の言葉すら交わしたことのない女性に対して、良からぬ妄想を膨らませていく。という湿り気の多い話だ。

この短編の感想を正直に言わせてもらうなら、「気持ち悪い」に尽きる。ストーカーという概念がまだ無かった半世紀前の作品であることを考えれば、哀れな恋愛と見ることもできるが、今の時代に読むとどうしてもパラノイド系のストーキング行為と映ってしまう。

パラノイド系とは、Wikipediaを引用すると「妄想によりストーキングを行うが、妄想の部分以外は正常で、言動は論理的で、行動は緻密であることが多い。現実の恋愛関係の挫折によるつきまとい行為もあるが、現実には自身と無関係の相手につきまとうタイプが多い」とのこと。この小説の主人公に当てはまる。

せつないエンディングを読めば、そこには冷徹な作家の目がもちろんあるわけだが、とにかく読書中この年配男性のウェットな思考に付き合わなければならないのがきつかった。『殺し屋である我が息子よ』を大絶賛した後ではあるが、この短編はまったく性に合わなかった。

この主人公のように、同性ですら嫌悪感を覚えるようなウェットな中高年男性は実際に少なくない気がする。普段は隠して生きているが、彼らは粘着質な欲望を密かに抱いている。それが垣間見えた瞬間に「なんか気持ち悪い」となる。

私がヘミングウェイの短編を好むのは、信条や価値観より、簡素で淡白な表現スタイルによるところが大きい。「思想を軽視した浅い文学」と批判する声もあるが、さっぱりしていることはそれ自体がとても魅力的だと個人的には思う。

生理的な嫌悪感から偏ったレビューになってしまった気もするが、大事なことを再確認する意味では必読の短編と言えるかもしれない。

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