『殺し屋であるわが息子よ』 バーナード・マラマッド

このブログでこれまで何百という短編を取り上げてきたが、もっとも心に沁みた作品かもしれない。読後の余韻が消えない。

簡単に解題など出来ないし、もっともっと細部までしっかり読み込みたい。フラナリー・オコナーが「自分自身を含めて誰よりも優れた短編小説作家」とマラマッドを絶賛していた理由がわかった。『夏の読書』の時にも感じたが、「面白かった」とか「いい話だ」とはまったく別次元。とにかく、この短編に出会えて良かった。

原題はMy Son the Murder。気持ちがまるで通い合わない父と息子の物語である。徴兵を前に世の中に絶望し、父親にも心を閉ざしてしまった引きこもりの息子。どうにか息子の気持ちを開かせようと努力しつづけるが、何一つ力になれない無力な父親。

物語のラストは、ブルックリンの観光地コニー・アイランドが舞台になっている。ジェットコースターが有名な遊園地で、なんとなく知っている方も多いかと思う。ここでのシーンが印象的で素晴らしい。凍えるほど寒く閑散とした2月のビーチで、父親は息子を発見する。真冬の海風に飛ばされる帽子の描写!息子の視線!こうして書いているだけでも思いが込み上げてくる。

この短編は、父親の視点かと思えば、次の文では息子の視点に替わり、と思ったら父でも息子でもない三人称に変化するとったイレギュラーな書き方で読者を混乱させる。えっ、誰が話しているの?といった感じで、普通ならこうした視点移動は曖昧さを生むだけのNG行為である。でも、この作品ではそれがある種の解放された多面性というか、二人の距離を立体的に際立たせる効果というか、うまく説明できないが成功している。

それしても魅力的な短編だ。(私だけじゃないよね?)

不器用な人間を描くことが多いマラマッドだが、小説が小説以上の特別な何かになる可能性を感じされせてくれる作家だ。観念的な表現で伝わりにくいかと思うが、戯言ブログを続けてきたことで心の財産を一つ増やすことができた。

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