初ヘミングウェイはこの短編で

アーネスト・ヘミングウェイという名前は知っている。「老人と海」や「武器よさらば」というタイトルも聞いたことがある。でも、まだ一冊も読んだことはない。

あるいは、少し読んでみたがどこが面白いのかさっぱり魅力がわからない。

そういう人は意外と多いのではないだろうか。

読んでいたとしても、立派な髭をたくわえたマッチョな文豪が書いたのだから、骨太で男くさい傑作に決まっているさ。あのノーベル文学賞を受賞したヘミングウェイだもの、どれもピュアな愛を描いた不朽の名作に違いないさ。そうした先入観が邪魔をし、実際に作品から何も感じ取れていない連中も少なくない。(私の勝手な主観だが)

なんだかイライラしてきたので一旦深呼吸。

前振りが長くなってしまったが、本当の意味でヘミングウェイの魅力に触れたい方にぜひ次のことを試していただきたい。

まず、ヘミングウェイ全短編2に収録された「清潔で、とても明るいところ」を用意する。ハードボイルド系でなくデリケートで静かな短編の方が、著者の魅力の本質に触れやすい。(と私は思う)

できれば、夜深めの時間に一人で読むことをお勧めする。家族がいる方は、皆が眠った後などまわりにだれもいない環境が望ましい。

言うまでもないが、テレビや音楽、YouTubeはすべてオフに。読書の途中、スマホも見ない。

すぐ読み終わるページ数なので、その間だけ上記のことを厳守してほしい。

「清潔で、とても明るいところ」を私なりに翻訳してみたので、冒頭の数行だけ紹介しよう。ヘミングウェイの文体の端正さがそのまま伝わるように頑張って訳したつもりだ。

夜が更けると、 電灯に照らされた木陰に座る老人を残し、カフェの客はみな引き揚げていた。日中は埃ぽかった街路も、夜になると露が降りて落ち着いた。老人は遅い時間まで座っているのが好きだった。彼は聾者だが、夜のその時刻の静寂を感じ取ることができた。

店内にいた二人のウェイターは、老人が少し酔っていることを知っていた。上客ではあるが、酔いがまわると代金を支払わずに帰ってしまう。それで二人は彼を見守っていた。

(続きが気になる方は文庫を購入してください)

夜の静寂のなかで読みはじめると、あっという間に心は真夜中のスペインへと移動する。何もドラマチックな事件は起きない。ミステリーもサスペンスもない。ただ、そこに居るかのような感覚を味わうだけ。これがたまらない。

ヘミングウェイは次の言葉を残している。

All you have to do is write one true sentence. Write the truest sentence that you know.

一つの真実の文章を書く、それがやらなければならないことの全てだ。知っている最も真実の文章を書きなさい。

まるで自分が体験したことのように瑞々しい。「清潔で、とても明るいところ」を読みながらそう感じることができたら、他の短編もきっと読みたくなってくるはずだ。逆にその瑞々しさを感じ取れなかったら、おそらくヘミングウェイと相性が良くないので、無理して読む必要はないかと思う。

ということで、秋の夜長、ヘミングウェイ文学をご堪能くださいませ。

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