「富籤」 アントン・チェーホフ

「富籤」はとみくじと読む。今でいう宝くじのことだ。この短編はかなり黒い。チェーホフの短編は「ユーモアと諷刺に富んだ」とよく形容されるが、ユーモアといっても心温まるものではないブラックユーモアで、この短編などは毒そのものという感じだ。発表されたのは1887年。1世紀以上も前に書かれた作品ではあるが、ちょっと度が過ぎていると思ってしまうほど辛辣だ。ドストエフスキーやトルストイも毒性があるので、いろいろな面で影響を受けていると思う。

ストーリーという表現がしっくりこないほど筋はシンプルだ。

当たり番号が書かれた新聞を見ながら、富籤(宝くじ)がもし当たっていたらと想像する夫婦。それぞれが自由に妄想を広げていく中で、段々と相手のことや親族のことが憎らしくなってきて、邪魔にさえ思え、なんだかムカついて仕方なくなる、という話。

これぞチェーホフという感じで、ヒーローもヒロインも登場しない。かっこいい主題などはない。クライマックスももちろんない。幸福感も希望も読み手にくれない話である。よくある夫婦の光景を描いたらこうなりました、というところだろう。ある意味で親しみやすいし、大人であれば共感できるものは多い。厭世観が強いので、明るい人は読まないかもしれない。(チェーホフ・ファンの人、ゴメンナサイ)

作品を読んでいない方にもチェーホフの個性が伝わるよう、彼の言葉をいくつか紹介しようと思う。座右の銘にしたくなるようなポジティブな言葉がないところが、チェーホフらしい。これをクールと捉えるか、悲観的と捉えるか、それはあなた次第だ。

「孤独が怖ければ結婚するな」

「餓えた犬は肉しか信じない」

「女は男の失敗を許さない。女は常に完全な男を要求する」

「この世のことは何一つわかりっこない」

「良き夫になることを約束する。ただし、毎晩は現れない月のような妻がよい」

「結婚するのは、二人とも他に身の振り方がないからである」

「千年後にも人間は「ああ、人生はなんとつまらないものだろう!」と嘆くに違いない。そして同時に、今とまったく同じように死を恐れ、死ぬことを嫌がるに違いない」

富籤

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