「最前線」 アーネスト・ヘミングウェイ

「最前線」は、「兵士の故郷」と同じく第一次世界大戦での辛い経験をベースにした自伝的短編である。1918年、ヘミングウェイは前線で重症を負っている。それは外傷だけでなく、心の傷となって残った。ふと蘇る塹壕での死の恐怖。強い不安から起こる精神障害が、この短編では巧みに描かれている。自分ではどうにも制御できない、漠とした恐怖がじわりと伝わってきて、読書中に何度か落ち着かない気持ちにさせられた。

興味深いのは、ヘミングウェイがこの重い短編を、アメリカ本土最南端の風光明媚なフロリダのキーウエストで執筆していることだ。開放的な心地好い土地で、どうして暗い話を書いたのか?と疑問に思うが、戦場とは真逆とも言える青い空と海のもとで、それまで直視できなかった自己のトラウマをようやくメタ認知できたのかもしれない。

訳者のあとがきにも書かれているが、原題は「A Way You’ll Never Be」(「あなたは決してならないさ」みたいな意味)であり、これだけではなんのことかよくわからない。読後もピンとこない。

実はこのタイトル、神経症を患っていた当時の愛人に向けたメッセージであるらしく、「僕なんか戦争の後遺症でかなり苦しんだものさ、きみは決してそうはならないよ」という励ましの言葉らしい。理由を聞いて、なんとダサいタイトルだと思った。(どうやら本人も後悔していたみたい) 邦題の「最前線」の方が端的でずっと良い。

こういうエピソード一つにしても、ヘミングウェイという作家は、小説との距離感が近かった人だと感じる。自己救済の道具にしたり、気に入らない相手への仕返しに使ったり、時にラブレターとして書いたり、公私の境界線をまるで引かなかった、…引けなかったのかな。

こういうの、ピュアっていうのだろうか。なんか、ちょっと違う気がする。。。

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