「火を熾す」 ジャック・ロンドン

過酷なアラスカの寒さとの闘いを描いた、死が剥き出しの短編だ。指の感覚が失われていく描写などにかなりリアリティがあり、読書中に重苦しい絶望感を何度も味わった。日本の冬なんて大したことない、読み終わった後に誰だってそう思うくらいに凄みがあった。

描写は粗暴なまでに色気がない。文明の匂いがするものも何一つ描かれていない。読みはじめてすぐ、コーマック・マッカーシーに似ていると感じた。うろ覚えだが、「越境」や「平原の町」などとムード的に近い気がした。あの文体はジャック・ロンドンの影響だったのか…、的外れかもしれないが。

ストーリーは明快。容赦のない大自然の脅威と格闘しながら、犬を連れて仲間のいる野営地を目指すというもの。理屈や気取りを寄せ付けない無骨な迫力があるが、夢や希望といった明るい要素はない。冒険のロマンもなければ、遠く離れた誰かを思うといった叙情もない。宗教的な崇高さもない。主人公の男は冷血なほどに現実的で、自分の指を温めるために犬を殺して内臓に手を突っ込もうと考えたりする。小説でも映画でも男臭いものは嫌いではないが、ここまで殺伐としているとちょっと引いてしまう。

結局のところ、この短編は絶望的な状況下での不屈の精神を描いたものなのだろうか?

そういう書評が多いのだが、どうも違和感を覚える。その理由は、ジャック・ロンドンがこの主人公をヒーローとしてではなく、人間的な深みのない男として描いていることにある。状況に対応する実際的な知恵や術は備えているものの、意図して卑しい人物に描いている。最初から最後まで臨場感を堪能できる一遍ではあるのだが、どうにもこの男を好きになれず、心から同化することはできなかった。

それと、どこかしら自ら死へと向かっているかのような前のめりな野蛮さがあり、生きるためのポジティブな闘いとは思えなかった。それが悪いというのではない。この短編は力強い名作だと思う。ある種の狂気やパラドックスが、この短編をただならぬものに押し上げている気もする。甘っちょろいものが大嫌いでタフな小説を探しているという方には、かなりお勧めの作品だ。

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