『熱帯魚』 吉田修一

吉田修一氏の小説を初めて手にした。(自慢じゃないが日本人作家について驚くほど無知) 特に予備知識があったわけではないが、もっとシリアスで硬質な作風という先入観を抱いていた。なぜそう思ったは自分でもよくわからないが。

大工の大輔は子連れの美女、真実と同棲し、結婚を目指すのだが、そこに毎日熱帯魚ばかり見て過ごす引きこもり気味の義理の弟・光男までが加わることに。不思議な共同生活のなかで、ふたりの間には微妙な温度差が生じて…。

(「BOOK」データベースより)

主人公の大輔は、子連れの女性と腹違いの弟と4人で家賃2万の3LDKで同居している。疑似家族とも違うユニークな共同生活だ。大輔という男は、人懐っこくて面倒見の良いあけすけなキャラとして描かれている。しかし、がらっぱちな言動の一方で、周囲からは理解し難い奇妙な行動を時々とる。

中三の少女と性的な行為に及んだり、鴉(カラス)をTシャツで捕まえ段ボールに入れて持ち帰ったり、大量の100円ライターを夜の区営プールに投げ入れたり。不器用とも少し違う、そうした精神のバランスを欠いた行動が、読者にある種の不安感を与える。人情ものの温かい物語と思って読んでいると、途中からトーンの変化に戸惑うことになる。

この話は単純ではないし、この作家も単純ではない。陰と陽、表層と真理、閉塞と解放、そういった対立が通俗的と思える物語の中に危うく内包されている。わかりにくい言い回しになってしまったが、なかなか奥が深いと感じた。

著者にはブルーワーカーを主人公に据えた小説が多いようだが、『熱帯魚』が吉田修一らしいのかは自分にはまだよくわからない。なにせ初めて読むのだから、代表作なのか異色作なのか、傑作なのか凡作なのか判断しようがない。間違いなく凡作ではないけれど。はじめは文体のウェットでウォームな肌触りにややアレルギーを感じたものの、読み進めるうちに親近感が湧いてきた。普段読まない作家を読むことで得るものは多い。旅に出ることで、逆に自分の住む街のことがわかるというのに近い。

うまいまとめの言葉が浮かばないので今日はここまで。

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