『キューバのヘミングウェイ』 シロ・ビアンチ・ロス

『キューバのヘミングウェイ』には、釣りや酒や料理の話を中心にキューバ時代のヘミングウェイの華やかなる日々が紹介されている。

1930年代、キューバの首都ハバナのホテル・アンボス・ムンドスはサービスの行き届いた上等なホテルとして評判だった。窓の外には雄大な水平線が広がり、対岸にカサブランカを眺めることができる。ヘミングウェイは頻繁にハバナを訪れては、このゆったりとした上質なアンボス・ムンドスに滞在した。名店サラゴサーチで食事を愉しみ、フロリディータで高級な酒を堪能し、マカジキ釣りに興じた。早めの時間に執筆を終えると、海でひと泳ぎし、昼寝をし、スカッシュで汗を流した。三番目の妻マーサが我が家を欲しがったため、邸宅フィンカ・ビヒアを購入。人生の後半の22年間をそこで過ごしている。まるで絵に描いたような優雅な暮らし。一流のものに囲まれ、自由な日々を満喫する誰もが羨む成功者であった。

交友関係も実に派手だった。ゲーリー・クーパーやマレーネ・デートリッヒ、ボクシングのヘビー級チャンピオンであるロッキー・マルシアノといった錚々たるメンツがスター作家に会うためにわざわざキューバを訪れた。ヘミングウェイは常に大勢の信奉者に囲まれていた。庶民感覚とはかけ離れたセレブライフにどっぷり浸かっていたのだ。小説も売れに売れた。映画化され、大邸宅だけでなく船まで手に入れた。

しかしながら、充実した私生活と反比例するように、創作活動は坂を下るように衰退していった。まだまだ老け込む年齢ではないが、キューバ時代の後期には良質な作品をほとんど残していない。(反論もあろうかと思うが私はそう思う)

『エデンの園』『海流の中の島々』『河を渡って木立の中へ』『善良なライオン』『一途な雄牛』『最後の良き故郷』『危険な夏』。どこかピントはずれな作品が多い印象を受ける。部分的な魅力を持つ作品もあるが、冗長さは否めない。

衰えの原因は、不摂生による健康状態の悪化という気がする。あの体型を見る限り、ストイックに暮らしていたとはとても思えない。怠惰な生活習慣の結果として、糖尿病、高血圧、動脈硬化を患い、満身創痍の状態に陥った。贅沢の代償と言えばそれまでだが、「好きなように生きること」の末路は大抵が悲惨だ。誰もが羨むセレブであったヘミングウェイは、十二口径の二連発銃を口に咥え、自らの足の親指で引き金を引いて命を絶っている。質素で温かなカーヴァーの最期とはまるで異なる。

暗い感想になってしまったが、『キューバのヘミングウェイ』には数多くのエピソードが記載されており、リアルにイメージを膨らますことができる。ヘミングウェイを知り尽くしたい方は是非ご一読を。

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