『キューバのヘミングウェイ』 シロ・ビアンチ・ロス

人はブランド品に弱い。ハイブランドのロゴが付いていれば、中身を精査することなくすり寄っていく。なんか辛辣な書き出しになってしまったが、別に機嫌が悪いわけではない。

『キューバのヘミングウェイ』には、釣りや酒や料理の話を中心にキューバ時代のヘミングウェイの華やかなる日々が紹介されている。

アーネスト・ヘミングウェイが生まれたのは1899年。

1930年代、キューバの首都ハバナのホテル・アンボス・ムンドスはサービスの行き届いた上等なホテルとして評判だった。窓の外には雄大な水平線が広がり、対岸にカサブランカを眺めることができる。ヘミングウェイは頻繁にハバナを訪れ、このゆったりとした上質なアンボス・ムンドスに滞在した。名店サラゴサーチで食事をし、フロリディータで酒を飲み、マカジキ釣りを満喫した。早めの時間に執筆を終えると、海でひと泳ぎし、鳩撃ちを楽しみ、昼寝をし、スカッシュに興じた。三番目の妻マーサが我が家を欲しがったため、邸宅フィンカ・ビヒアを購入。人生の後半22年間をそこで過ごしている。

なんとも優雅な暮らしだ。一流のものに囲まれ、自由に生きており、誰もが羨む成功者の姿がそこにある。

交友関係も派手だった。ゲーリー・クーパーやマレーネ・デートリッヒ、ボクシングのヘビー級チャンピオンであるロッキー・マルシアノといった錚々たるメンツがヘミングウェイに会うためにわざわざキューバを訪れている。輝けるスーパースター作家として、常に大勢の信奉者に囲まれながらセレブライフを満喫していたことだろう。

純粋に憧れる人もいるかと思うが、庶民感覚とかけ離れた世界に生きるセレブであることは間違いない。

では、キューバ時代に書かれた小説はどうなのだろう?

小説は売れに売れ、映画化され、大邸宅や船を手に入れ、四度目の結婚もした。しかしながら、充実した私生活と反比例するように、創作活動は坂を下るように衰退していく。まだまだ老け込む年齢ではないが、キューバ後期にはあまり良い作品を残していない。(反論もあろうかと思うが)

『エデンの園』『海流の中の島々』『河を渡って木立の中へ』『老人と海』『善良なライオン』『一途な雄牛』『最後の良き故郷』『危険な夏』。賛否が分かれる作品もあるが、私個人としては、エッセンスを捉え損ねている作品が多いという印象を受ける。何がコアであるかを押さえる勘所やバランス感覚が衰えている感じがしてならない。もちろん部分的な魅力はあるが、全体としてはやや冴えない作品が多いと感じる。ヘミングウェイブランドに心酔している人は、客観的に良し悪しを判断するセンサーが壊れているので何でも褒めたがるが、名作も実際は駄作であったりする。(言い過ぎだろ)

衰えの原因は、健康状態の悪化という気がする。

ヘミングウェイは、おそらく節制が苦手な人だったと思う。あの体型を見る限り、ストイックに暮らしていたとは思えない。結果として、糖尿病、高血圧、動脈硬化と満身創痍の状態に陥った。贅沢の代償と言えばそれまでだが、「好きなように生きること」の末路は悲しいことが多い。何もかも手にしているはずのヘミングウェイは、十二口径のに連発銃を口に咥え、自らの足の親指で引き金を引いて命を絶った。カーヴァーの質素で温かな最期とはまるで異なる。

この本を読んでいて改めて感じたのだが、ヘミングウェイには奇妙なアンバランスさが備わっている。上等なセレブ暮らしを好む一方で、自分の世界に深く入り込むオタク気質を持ち合わせている。その異質な二面性がどことなくしっくりこない。そういう人って別に珍しくない、という意見もあるだろうが、私の中では違和感が消えない。精神疾患が原因なのだろうか?専門知識がないのでこれ以上は書かないが、ちょっと気になった。

『キューバのヘミングウェイ』にはたくさんのエピソードが記載されていて、豊かにイメージを膨らませることができる。ヘミングウェイを知り尽くしたい方は是非ご一読を。

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