キャリアの初期に書かれた著者の自伝的短編で、ニック・アダムズ物語のひとつだ。スイスのスキー場で、友人ジョージと過ごす至福の時が描かれている。なんでもないスケッチという感じだが、妻が妊娠したことで「最高の幸せであるヨーロッパでのスキー」をもう楽しめなくなるかもという憂鬱さが漂っている。
家庭におさまることや子供が産まれることへの拒絶反応は、いくつものヘミングウェイの短編の主題になっているが、ここでもそうした本音が伺える。隠そうとしていない点は潔いが、やはりこの作家の冷酷でエゴイスティックな面は、賛同を得にくいであろう。読んでいて気持ちが良いものでもない。スイスの雪山の景観とのコントラストは印象的ではあるのだが。
それと、ニック(ヘミングウェイ自身を投影した主人公)のキャラだが、どうしてもそこには美化を感じてしまう。物事がよく見えていて、判断力に長けていて、幅広い知識を備えていて、良質なものを知っている。ニックは有能な男で、周りの誰もからリスペクトされている。ストレートにそう書いているわけではないが、端々にヘミングウェイのプライドの高さが透けて見えるのだ。この点については「海流の中の島々」で批判しまくっているので、そちらで読んでいただければと思う。
文体は端正で心地好いだけに惜しいよねぇ、そう嘆きたくなる作品がヘミングウェイには多い。多過ぎる。「僕の父」とか「清潔で、とても明るいところ」みたいに、著者自身が前面に出ない作品の方が基本的に良いかもしれない。
「クロス・カントリー・スノウ」 は個人的にはちょっと残念な作品で、読後感も今ひとつかな。まったく異なる感想を持つ人も多いと思うので、興味のある方は読んでみて判断してください。