『カヌー旅行に出掛ける前に』は1922年6月3日のトロント・スター紙に掲載された新聞記事である。原題はBefore You Go on a Canoe Trip Learn Canoeing, Don’t Take More Dunnage Than You Can Carry.で、邦題と違って説明的なタイトルが付けられている。ヘミングウェイは同社に1920年から4年間ほど在籍していた。22年6月はパリに渡って短編小説を書き始めている時期なので、実際に記事が書かれたのはもう少し前だったらしい。
この記事は、読者から「二組の夫婦でカヌー旅行を計画しているけれど、未経験なので助言がほしい」という手紙が編集者のもとに届き、それに回答するという形で書かれている。
アウトドアを大の得意としていたヘミングウェイが、「カヌーのことなら僕に任せて」とばかりに、豊富な経験を活かして専門的なアドバイスを質問者に提供している。実用的な知恵がぎゅうぎゅうに詰まっていて、『二つの心臓の大きな川』に通じる細部への執着をそこに見ることができる。
ここからは私の感想になるが、読んでいて精神的に追い詰められていくような感じがして少し気が滅入ってしまった。カヌーについての膨大な専門知識を持っていて経験値が高いのもわかるのだが、どうにも上から目線で威圧感を覚えた。
初心者がすべきはまず○○を学ぶこと。可能な限り、○○しなさい。さもないと、ひどく厄介なことになります。どうしても必要なら○○に移し替えなさい。
といった感じで、あなたはど素人なので私のアドバイスをしっかり聞きなさいと責められているような気がするのだ。これって訳文によるものなのだろうか?
知識の裏付けがあるので説得力はあるが、そもそもがヘミングウェイはカヌーの専門家ではないし、アウトドアを仕事としているプロでもない。新聞記事であれば、普通はその道の専門家に執筆を依頼するのが正しい気がするがどうなのだろう。時代的にそのあたりはゆるかったのかな。
ヘミングウェイは、小説の中でも釣りや戦争や闘牛や競馬について専門家のように饒舌に語る。これでもかこれでもかと責め立てられているようで、私はどうもそれらを読むと鬱っぽくなってしまう。これって私の偏見だろうか。ヘミングウェイに口説かれた女性のインタビューを読んだことがあるが、精神的に追い詰めていく押しの強さがあったようだ。変なレッテルを貼るつもりはないが、S気はまあまあ強い人だったのかもしれない。。。