「保存されたもの」 レイモンド・カーヴァー

三ヶ月前に失業し、家のソファーから離れられなくなってしまった夫の話だ。必死に仕事を探すでもなく、働く妻のために家事をするでもない。この夫からは現状を変えようとする気概が感じられない。いかにもカーヴァー的な主人公ではあるが、読んでいてイライラさせられた。ただ、挫折によって精神が沈滞し、引き籠ってしまったとしたらわからなくもない。個人的には、夫よりも妻の態度に違和感を覚えた。このダメな夫に基本的に甘く、叱咤することもなければ、キレる様子もない。むしろ好意を抱きつづけており、夫の言動をいちいち気にかけている。冷蔵庫が壊れてしまい、冷凍保存していた食材がすべて溶け、アイスクリームでドロドロになっていても、ソファに横になっている夫をまったく責めないのだ。ゆがんだ依存関係のようで、どうにも気持ち悪さを感じてしまった。この妻が父親との良き思い出を語るのだが、正直なところ共感するのは難しい。

カーヴァー作品には時々こうした関係性の男女が登場する。「これほど活力のない夫が妻から愛されているのだから、きっと何か理由があるはず」 読書中、ずっとそんなことを考えていた。不器用だが絶対に嘘をつかない正直な男で、働いていた頃は本当に良い夫だった、とか。。。リアリティのある話とは思うが、同時に住む世界が自分とは違うなとも感じた。

原題のPreservationは、直訳すると「貯蔵」。壊れた冷蔵庫は、これまでの何でもない日常が損なわれることのメタファーと読める。普通は壊れたりしないものが、気づくと完全に壊れてしまっている。カーヴァー作品らしい不安定さと不吉さが漂う閉塞的な一篇だ。

そりゃ、壊れるでしょ。これが、私の正直な感想だ。

大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー)

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