「七番目の男」 村上春樹

「七番目の男」 村上春樹

滑らかで淀みのない独白形式で書かれた、高校の国語教科書にも採用された1996年初出の短編だ。

あらすじはこう。

その夜の七番目の話し手として、50代半ばの男は話しはじめる。子どもの頃、台風の日の海で、友だちのKと犬が高波にさらわれてしまった。その場を立ち去れずにいると、高波の中で笑って手招きするKがいた。Kの遺体が発見されることはなかった。悪夢にうなされる日々に耐え切れず、両親の元を離れて長野に移り住むこととなった。40年以上、故郷には一度も戻らず、海にもけっして近寄らなかった。それでも悪夢は消えない。Kが昔に書いた風景画を見た時、事故の起きた海岸を再訪してみようと決意する。

前述したように、文章に淀みがなくてスラスラ読める。はじめはダークなホラーに思えたが、途中から生真面目なトーンへと変調していくような印象を受けた。カポーティ風に心の闇を描こうとして書き出したのの、書いているうちに予定外の方向へ(良い意味で)筆が進んでいったというところだろうか。

著者自身はこう話している。

「僕は最初とにかく怖い話を書いてみたかったのだと思う。風の強い夜に、人々が集まっている。彼らは奇妙な話、不思議な話、恐い話を持ち寄っているらしい。七番目の男が立ち上がって、ゆっくりと自分の話を始める。不気味な予感の漂う話だ。〜中略〜 でもいったん彼が語り始めると、最初僕が予定していた怪談的な怖さは、どんどん違う方向にそれていって、べつのものにかたちを変えていった。」

この物語は、著者の短編の中ではわかりやすい部類に入るだろう。難解な比喩がないため、謎解きを必要としない。素直に読めば、「トラウマから逃げず、正面から向き合うことで心は解き放たれる」といった普遍的な主題が浮かび上がってくる。

阪神淡路大震災と関連づけた解釈もあるようだが、逆らえない脅威や暴力は物語の中心的なテーマではなく、もっとパーソナルな話だと私は感じた。

この短編は、ほぼ独白で占められている。主人公が何らかのコミュニティに参加しているのだが、どのような集団であるのかについての説明はない。主人公の中年男性の話をする順番が七番目であるという説明しかない。著者が意図したかはわからないが、心の傷や不安をアウトプットすることで、気持ちが整理・再構築され、結果として回復につながることがある。私も日頃から実感しているが、言葉にして話すことで、あるいは文章化することで、モヤモヤは割と解消される。日記にもそういう効果がある気がするが、行き詰まったら話してみる、あるいは書いてみることで思う以上に自己救済できるのかもしれない。

「七番目の男」は、とても良質な短編だと思う。何より面白い。でも、この中年男性ほどトーク力のある人ってそうはいないだろう。表現力も構成力も素人のレベルじゃないw。そういう意味ではリアリティがないとも言える。でも、そこを深堀するのはやめておこう。案外、ややこしい問題のような気もするので。