『シェエラザード』 村上 春樹

文芸誌『MONKEY』から依頼を受けて書いた短編とのこと。(依頼されて書くことはかなり珍しいそう) 『MONKEY』が尖った文芸誌ということもあり性描写はほぼ全開、さじ加減を気にせず自由に筆を走らせた一篇という印象を受けた。

物語は三人称で書かれていて、羽原というアラサー男が主人公。ちょい年上の35歳既婚女性と性交し、その後で彼女が不思議な話を一つしてから帰るという淡く謎めいた設定だ。

あからさまな性表現が多いのでちょっと引いてしまったが(反動でハードボイルド小説が読みたくなった)、この女性の話がやたら面白い。

高校2年生のとき、学校に嘘をついて遅刻し、同じクラスの好きな男子の家に忍び込んだ。誰もいない彼の部屋で抽き出しを調べたり、服の匂いを嗅いだり、ベットに横たわったりした。鉛筆を一本だけ盗み、ただ盗むだけでは空き巣になってしまうから、抽き出しの奥にタンポンを置くことにした。

ってな話を羽原に聞かせる。病気といえるような偏執的な犯罪行為なのだが、そのスリリングな話に引き込まれ、続きが気になって仕方ない。主人公の羽原だけでなく、読者まで「それでどうなったの?」と前のめりにさせられる。

タイトルになっているシェエラザードは、羽原がこの中年女性につけたあだ名である。『千夜一夜物語』に出てくる娘の名前で、この娘は非情な王に「アラジンと魔法のランプ」や「シンドバッドの冒険」などの話を毎夜聞かせて改心させた。まあ、この短編と設定的に似ていると言えば似ている。(でも似てないか?)

で、この短編の主題は何なのか?

ハウスと呼ばれる場所で隠匿生活を送る羽原。どういう関係か不明だが羽原のもとに通う既婚女性。顎がなく口が吸盤のやつめうなぎの話。好きな男子の家に忍び込む話。それらがどうリンクするのだろう?シェエラザードが好きだった男子が現在の夫という読み方もできるとは思うが…

あぶない、あぶない。解釈の迷宮に没入してしまうところだった。そうした謎に思いを巡らすのが好きな人もいるだろうが、私は「考えても仕方ない」と思う方だ。感じて楽しむ、それだけで充分ではないかと思っている。考えたいと思った時は考えるけど、無理してまでは考えない。解題が面倒くさいだけだろ?と言われそうだが。。。

ひとつだけ言うなら、女性は現実に組み込まれていながら現実を無効化する特殊な時間をくれる存在、このあたりが心に引っかかったかな。この無効化の有無によって男の人生の彩りは大きく違ってくる。彩りというか、有機性と言ってもいいかもしれないが。うーん、的外れなことを書いている気がしてきた。。。

まあ、理屈抜きにエンタメとして楽しめる短編だと思う。女子高生が留守宅に侵入する場面は特に面白かった。なんだか、無性にジョン・ル・カレが読みたくなってきたので今回はここまで。

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