この短編の初出は1983年。東京ディズニーランドがオープンし、任天堂のファミコンが発売され、マイケル・ジャクソンがBeat itで一世風靡していた年なので、まあ古いといえば古い作品だ。著者は1949年生まれ、つまり当時は30代半ばということになる。
若い頃の作品らしく、端々に初々しさが感じられる。
「まるでギャツビーだね」
「なあに、それ?」
「なんでもないよ」
83年はバブル景気を迎える前ではあるが、それでも時代のロマンチックな空気を感じる。
こんなくだりもある。
僕はいろんな人にいろんなプレゼントを買うために街を歩いていた。妻のために、グレーのアルパカのセーターを買い、いとこのためにウィリー・ネルソンがクリスマス・ソングを唄っているカセットテープを買い、妹の子供のために絵本を買い、ガール・フレンドのために鹿の形をした鉛筆けずりを買い、僕自身のために緑色のスポーツ・シャツを買った。右手にそんな紙包みをかかえ、左手をダッフル・コートのポケットにつっこんで、乃木坂あたりを歩いている時に、僕は彼の車をみつけた。まちがいなく彼の銀色のスポーツ・カーだった。
まだ元気だし、何もかも瑞々しいし、なんとも懐かしい。
この短編、音楽関連の固有名詞も頻出する。
「チャイコフスキーの弦楽セレナーデがかかって、またナット・コールになった」とか
「彼女がまたLPを5枚選んだ。最初の曲はマイルス・デイヴィスのエアジンだった」とか
「ところでラビ・シャンカールのレコードはお持ちですか?」とか
そっち方面の知識に乏しい私は、ぼっーと流し読みした。いささか著者の嗜好が前に出過ぎている気もしなくないが、若い時期の作品ということで、こうしたある種の歪さも魅力であったりする。
ここまで作品の本質的なことを何も語っていないな…。
いやいや、「納屋を焼く」の解釈や感想を書くなんて、今更過ぎてとても私にはできない。。。
とりあえず、あらすじ。
(Wikipediaより抜粋)
知り合いの結婚パーティで「僕」は広告モデルをしている「彼女」と知り合い、ほどなく付きあい始めた。パントマイムが趣味の「彼女」には「僕」以外にも複数のボーイ・フレンドがいる。そのうちの1人と「僕」はたまたまあるとき食事をすることになった。大麻と酒の場でのとりとめのないやりとりの途中で、「彼女」の新しい恋人は不意にこんなことを口にする。
「時々納屋を焼くんです」
彼は、実際に納屋へガソリンをかけて火をつけ焼いてしまうのが趣味だという。また近日中に辺りにある納屋を焼く予定だとも。「僕」は近所にいくつかある納屋を見回るようになったが、焼け落ちた納屋はしばらくしても見つからなかった。「彼」と再び会うと、「納屋ですか? もちろん焼きましたよ。きれいに焼きました」とはっきりと言われてしまう。焼かれた納屋はいまも見つからないが、「僕」はそれから「彼女」の姿を目にしていない。
彼女の恋人は何者なのか?
きれいに焼いたという「僕」の近くの納屋はどこにあるのか?
彼女はなぜ消えてしまったのか?
いくつもの謎が読後に残る、そう簡単には捉えることのできない作品だ。
フォークナーの「納屋を焼く」との関連性をよく指摘されるが、著者本人は読んだこともないと完全否定している。「僕はコーヒー・ルームでフォークナーの短編を読んでいた」という箇所も、週刊誌3冊に改変している。私はフォークナーが苦手で読んでいないが、フォークナー版のあらすじを見た限りでは、差別と復讐を描いたディープな内容に思えた。
で、村上春樹版「納屋を焼く」だが、多様な解釈が巷に氾濫している。「彼女の恋人が連続殺人鬼で、彼女のことも殺した」という説をよく見るが、もしそうであるなら吐き気がするほどダークな話だ。快楽殺人説に否定的な人もいるようだが、「蜜柑むき」「同時存在」「モラリティー」といった難解なキーワードに関する分析を聞かされたりすると、物怖じしてお手上げという気分になる。実在と不在の境界云々・・・といった深読みをしていると、作品からダイレクトに受けるファーストインプレッションから遠く離れた場所に来てしまったようでテンションが下がってしまう。(あくまで私の場合はね)
この記事を書くに当たって、いろいろな感想や論文などに目を通してみたが、どうも謎解き優先で、好き嫌いなど作品への個人的な思いはあまり書かれていない。理屈先行で読むと、フィジカルな反応が薄れていってしまう気がするのだが、何を優先するかは人それぞれということだろうか。
私の率直な感想としては、「納屋を焼く」があまり好きではない。3、4回再読しているが安定して好きではない。(変な言い方だ) ウェットな冷淡さが苦手だ。それに、謎の配分がやや多く、もやもやしてしまう。勝手な想像だが、著者である春樹さん自身もあまりこの作品が好きではない気がするのだが、どうなのだろう? エビデンスはないが、なんとなくそんなことを思ったりした。